そこへ専務と田辺がやってきた。
「おお、ジョニー、皆さんに挨拶をしたかね？」
「パパ！」
わいるどな男は専務に抱きついて接吻した。
「ジョニー、みんなが見てるじゃないか」
だが、専務は言葉とは裏腹に、すっかり相好を崩していた。
「へい、じょにー、ここはおふぃすだぜ。そういう態度はいけないなあ」
菊池は馴れ馴れしくわいるど男の肩を叩いていった。わいるど男は専務から体を離すと悠然と菊池の前に立ちはだかった。背は菊池よりも三十センチくらい高い。
「へい、まいぼーい？あーゆーはんぐりー？」
「いえーす」
菊池が少しも臆せずに英語で応対していたので、山下は菊池のことを少しだけ見直していた。
「どうだ、優秀な息子だろ？それでは後のことはたのんだぞ、田辺くん」
「はっ！」
「もう一人の優秀な息子の面倒も頼んだぞ。後でまた役員室に来てくれたまえ。はっはっはっ」
「あれは専務の息子さんなのですか？」
山下は課長に聞いた。
「そうだ、なかなか優秀な息子さんだそうだ」
そういう課長の顔色は濃紺で、汗が滝のように流れていた。
「課長、具合でも悪いんですか？」
「いや、なんでもない」
「でも、顔色が悪いですよ」
「気のせいさ。ははははは」
「まだ息子さんがいらっしゃるのですか？」
「まあな。ははははは。さあ、いいから仕事に掛かるんだ。そうだ、山下、おまえが専務の息子さんにいろいろ教えて差し上げろ」
「それは菊池のほうが適任じゃないですか？あんなに打ち解けてますし」
菊池とわいるど男は「はうあーゆー？」「ふぁいんせんきゅー、あんぢゅー？」「あいむふぁいん」などという会話を続けていた。
「･･････席を用意しないとな･･････」
田辺がそういうと、わいるど男は会話を中断して、「俺様の席は俺様が用意してやろう」といった。田辺は小さな声で「あ、さようですか」といって扇子で自分の頭を叩いた。
わいるど男が廊下に消えて間もなく、とてつもない爆音がオフィスにこだまして、巨大なバイクがドアを突き破って入っていた。バイクは椅子や書類やパソコンを跳ね飛ばしながら、最後には課長の机を破壊して止まった。
「俺様の席はここだ」
わいるど男はバイクに跨がったまま田辺に言った。
「はい、ごもっともでございます」
課長はすごすごとその場を引き下がって、山下の席に座った。
「山下、お前の座席はしばらくお預けだ」
「そ、そんな。だいいち仕事ができないじゃありませんか」
すると菊池がわいるど男の前につかつかと歩み寄り、「お前、横暴だぞ」といった。田辺は内心「菊池、頑張れ」と、遅刻のことなど忘れてエールを送っていた。
「ハーレーを愛する男に悪人はいない」
わいるど男はバイクに跨がったままそういった。するとそのとき窓の下のほうでけたたましい爆音がした。オフィスの全員が、わいるど男を避けるようにして窓に駆け寄って下を見た。
窓の下ではハーレーに跨がった集団が鉄の棒やマサカリを振り回して商店を破壊したり放火したりしていた。
みんなは恐る恐るわいるど男を見た。わいるど男は「ワタシ、ニホンゴ、ワッカリッマセーン」とつぶやいていた。
（続くのか？）