頭が痛い……昨日はかなり酩酊したようだ。俺は目を醒ますと頭をおさえながら台所に行き、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出すと一気に飲み干した。テレビをつけるとサスペンスドラマの再放送が流れていた。もうそんな夕方か。俺はベッドに戻ると、頭の働きを確かめるように昨日のことを遡行し、日記に書き留めることにした……
原宿駅を出て道路を南に進んだ所にある駐車場の近くにて、彼らは安っぽいアクセサリーを売っていた。俺に気づくと、その中の一人リョウさんが驚いたように声を上げた。
『ユーイチじゃないか！どうしたんだよ、いままで顔もみせずに。心配していたんだぞ』
もうすっかり日が暮れ、彼らは帰る準備をしているとこところだった。
『ほんと。リョウさんの言う通りよ。死んだじゃないかって噂になってたのよ。だいたい誰もあんたの連絡先知らないし……』
ユリカは、あきれたように俺にそう言った。
『お久しぶりで〜す。時期はずれだけど……あけましておめでとう。元気にしてました？』
ユリカの隣にいるこの女、何度か会ったことはあるが名前を思い出せない。しかしそんなこと知らなくたって別に支障は無い。だいたいみんな本名なのか怪しいところだ。けだるそうにしゃべるこの女、どことなく扇情的で目で嫣然と微笑んでいるが、かすかにトルエンの匂いを漂わせていた。
『おめでとう。俺はあいかわらず元気だよ。顔だそうとしてたんだけど、なかなか暇が無くて』
『うそつけ！面倒くさいだけなんだろ？だいたいお前、相変わらず仕事もせず暇を持て余しているじゃないか』
リョウさんは相変わらず口が悪い。続けて説教口調でこうも言った。
『おまえ、２６だっけ？』
『２４！今年で５になるけど』
『おんなじようなもんだよ。今年で四捨五入３０じゃないか。もうそろそろ職についたらどうだ』
『俺はまだ今の状態で満足ですよ。だいたいリョウさんだってもう３０いってるんでしょ？リョウさんこそいいかげん落ち着いたら？』
『俺はお前と違って地道に満足しているからかまわないんだよ。他にも仕事あるし。ところでバンドの方は？』
『今新しいやつと組んでいるんですよ。それでこの前、ラ・ママのオーデションに受かっったんですよ』
たいていのライブハウスはオーディション形式のライブを行い、そこで認められれば定期的に出演が保証されるようになっている。俺達は運良く一発で認められた。
『すごいじゃない。もうレギュラーなのか？』
『いちおうは……まだ昼しか出演させてくれないんだけど……今度ギグに来てくださいよ』
『行ってやるよ。チケットノルマ大変なんだろ』
そんな時、ユリカは突然思い出したように俺に言った。
『あ、そうそう。ねえ、あいつ……覚えてる？サキって女の子。あいつさ、高校やめちゃっていま風俗してるみたい』
『風俗って……たしかまだ１７じゃなかったけ？』
『いんちき臭い店なら、歳なんていくらでもごまかせるわよ。このまえ偶然あったんだけどさ、かなり稼いでいる見たい。高そうな服着きてたもん。こんどあの娘の店にいって抜いてもらえば？』
『そんなに儲かるの？あたしも働きたいな』
ユリカの横の女は、的外れな口の挟みかたをした。かなりいっちゃているみたいだ。勝手に働けよ！俺は彼女を無視して、ユリカとの会話を続けた。
『行くったてな……そんな金ねえよ。それにしてもあいつ高校やめちゃったのか……』
『あと一年の辛抱だったのにね。ま、あたしも人のこといえないけどさ。ユーイチはたしか高校出たんだよね？』
『ほとんど行っていなかったけど、卒業はさせてくれたよ。うちの学校、ばかばっかりだったし、かなり甘かったからな』
しかしそういう俺も一度だけ危ない時があった。２年の時、俺のまわりではなぜか学校を辞めるのが流行りだした。学校を辞めると、そいつらはそれぞれにいろいろな職についた。当然経済的にも学生より豊かになる。俺はそいつらをみていると学校に行くのがばかばかしくなってきた。そんな折り、バーでカウンターをやっている友人が、『うちの店、いま人がいないんだ。よかったら働かないか？』とさそってくれ、ずいぶん悩んだ。しかしまだ１６、７で働く勇気もなく結局断ってしまった。今思えば良い判断だったと思う。高校を卒業してなんのメリットがあったわけじゃないが、無事卒業できたということが、俺の小さな自負心を創り上げていた。
『今日これからどおするんだよ？飲みに行くか？』
リョウさんは、ごついからだに似合わない優しい笑顔でそう言った。
『どうしようかな……久しぶりだし行きますか』
『もったいつけちゃって、暇なくせに』
ユリカはそういって俺をからかった。
『あたしお金無いから、だれかおごって〜』
お前は黙ってろ！
……俺はここでペンを止めた。ここから先の酔狂に任せた俺の行動を書く気にはなれなかったし、なによりも幽邃なる記憶の走査にも体力的限界にきていた。とりあえず今日はこうしてベッドの上で過ごすことにしよう。