目が醒めたのは十二時近く。だがそのままベッドの上でぼうっとしていて、布団から抜け出した時には午後の三時をとうにすぎていた。いつも明日こそは早起きしようと誓いつつ、一日の始まる時間は全然変わらない……
俺は軽くシャワーを浴びると、時間を惜しむように急いで仕度をして外に出た。すでに太陽は沈みかけ、朱色に染まった西の空が一日のエピローグを暗示させるかのように、郷愁的な演出をしていた。やがてはすべての情景が天然色を奪われ、人工的な光に彩られた舞台になるだろう。そう、夜の到来だ。
『くらだねえ』
……情感に浸るほどインテリや詩人じゃない。俺は武蔵小杉の駅にから東横線に乗り原宿に向かった。これといった予定はなかったが、ずっと家にいるのも退屈なので無理矢理目的探しだし外に出たという次第だ。さすがにこの時間の上り電車は人もまばらだった。車窓から差し込む夕日はなんの障壁もなくまっすぐ床に届き、閑散とした車内をいっそう寂しくさせた。車内に張られた週刊誌の広告に書かれた文句はあいかわらず低俗だが、何故だか不思議とそれに目がいってしまう。そのなかで、俺はある女性誌の広告に大きく書かれたこの言葉にじっと見入ってしまった。
『彼を喜ばす十のテクニック』
最近は、やることが男性誌と変わりがなくなってきている。そういえば先月までつきあっていた女がこんなことをいっていたっけ……
『あたしフェラチオってだいすきなの。なんか男を征服したって感じでさ。たいていの人は声もらしちゃうのよ。ごつい体してさ。面白いと思わない？』
そういえば俺も、声だしていたかもしれないな……そんなこと思いだすとなんだか情けなくなってくる。それにしても、やたら上手な女だった。一体どこであんなテクニック覚えたのだろうか。やはりこういう雑誌からか？いまごろは違う男に、同じようなことをしているのだろうか？そいつはどんな男だろう？もし今もつきあっていれば今頃俺も……
絶え間なく浮かんでくる思いを振り切るように、広告から目を離して窓の外に目をやった。しかし執拗に襲ってくる妄想から逃れることができずに、"あの時"の甘美さと空虚な今が混淆としたなか、俺は電車に揺られていた。窓の外を疾走していく景色を漠然と眺めながら……
渋谷駅では平日のこの時間でもにぎわいを見せていた。俺は知らず知らずのうちに近くを通る若い女の嬌声をたどり、顔と体を注視していた。そうした具合で気づかれないように視点を動かしながら山手線のホームまで歩いていった。ホームでも全く変わらない情景が続いていた。やがてやってきた外回りの電車にのり、原宿に向かった。久しぶりにあいつらの顔を見るために……