58P

　                                                           −妖宴−
　
　
　す。したがいまして、この秘薬は左から食べなければなりません』       |今
　                                                                   |月
　　夫人の話はあまりにも奇妙で、理解しがたいものだった。櫻井はどう答 |号
　えて良いか分からず、ベットから離れハンガーに手をやると黙って服を着 |の
　だした。                                                           |特
　                                                                   |集
　　その後二人はホテルを出、夫人に連れられて小さなレストランに入って |は
　いった。道玄坂にある、寂れたこのレストラン。実は先ほどの夫人の話に |都
　深く関わり合いのある店なのだが、そのようなことまだ櫻井には分かる由 |内
　もなかった。                                                       |万
　昼下がりの渋谷の街はすでに三十度を越える暑さで、街全体が汗ばんでい |引
　た。                                                               |の
　櫻井は窓越しに日差しを照り返す道路を眺めていた。薄暗いこの店から覗 |出
　く外の風景はほとんど別世界という感じだが、夏の倦怠感が店内を浸食し |来
　ている点に置いて、外となんら変わるところは無かった。どこからか聞こ |る
　えてくる蝉の声が店内を流れるクラシック音楽に無配慮に割り込んで、不 |店
　自然なアンサンブルを競演している。櫻井は噴き出す汗をハンケチで拭い |マ
　ながら夫人に尋ねた。                                               |ッ
　それはことを終えた後、彼にとって始めてのまともな言葉であった。     |プ
　                                                                   |
　『あの、さっき話なんですけどだけど……なんかとても奇妙な話ですね』 |さ
　おそるおそる訪ねる櫻井の話をきいて、夫人は予期した反応とでも言わん |あ
　ばかりに、即座に返答した。                                         |63
　『みなさんそうおっしゃいますわ。たしかに最初はわたくしも櫻井さんと |Ｐ
　まったく同じく、奇妙に思いました。でも徐々になんとも思わなくなって |へ
　しまいました。それどころか、今では其れ無しでは生きていけなくなって |急
　いるのです。                                                       |げ
　櫻井さんもすぐに分かりますわ。もうすこしお待ちになって。すぐにわた |！
　くしの言ったことがよく分かるようになりすから』                     |す
 　                                                                  |ご
　　夫人がそう言い終えた時、ウエイターがテーブルの上に料理を置いた。 |い
　大皿 に盛られたその料理をみて櫻井は目を丸くして驚いた。蝉の声は一  |ぞ

　                               - 58 -