中村陽子さん（４０歳）はベッドに入るとじきに眠ってしまった。中村弘志さん（３９歳）は中村陽子さん（４０歳）の規則正しい寝息を聴きながら、娘の中村ユリさん（１４歳）のことを考えていた。誕生日を祝ってあげられなくて済まないことをしたな。考えているうちに娘の寝顔を見たくなって、そっとベッドを抜け出して娘の部屋に入った。鍵は付いていないのだった。
部屋に入ると中村ユリさん（１４歳）はベッドから転落していた。中村弘志さん（３９歳）は床に座って娘の寝顔を眺めた。いったいぼくはこの子のことをどう思っているのだろうか？少なくとも食べたくはないな。パジャマがめくれておへそが覗いているあたりを、中村ユリさん（１４歳）は意識のないままぽりぽり掻いていた。可愛いなあ。中村弘志さん（３９歳）はそう思った。そして、中村弘志さん（３９歳）はいつの間にか勃起しているのに気づいた。
中村弘志さん（３９歳）は中村ユリさん（１４歳）のことが大好きで、大好きで仕方がなくて、だからセックスしたいんだ、と思った。
中村弘志さん（３９歳）は中村ユリさん（１４歳）を抱き上げてベッドの上に寝かせ、優しく声を掛けた。「ユリ、起きなさい」。中村ユリさん（１４歳）は十分くらいかけて目を覚ました。「なあに、パパ、こんな夜中に？」中村ユリさん（１４歳）はミッキーマウスの時計を見ながら言った。中村弘志さん（３９歳）は「ユリはパパのことが好きかい？」と聞いた。中村ユリさん（１４歳）は「うん」と答えた。「それじゃあ、パパとセックスしてみないかい？」中村ユリさん（１４歳）はちょっと考え込んだ。というのもパパとセックスしたいのかどうかよくわからなかったからだ。でも、中村ユリさん（１４歳）はよくわからないときにはとりあえずやってみる、というポリシーを持っていたので、結局「そうだね、してみようか」と答えた。それに、すでに二人の相手とセックスしたこともあったから、セックスがどんなものであるか知らないわけではなかったし。
それから二人は中村ユリさん（１４歳）のベッドの上でセックスした。少し狭かったが、まあなんとかなった。でも、セックスが終わったあと、中村ユリさん（１４歳）はとても悲しかった。というのも、パパとのセックスは「違う」のだった。
一方中村弘志さん（３９歳）はとても満ち足りていた。これからもときどきユリとこうしてセックスしようとベッドに横たわりながら考えていた。
中村ユリさん（１４歳）はベッドから起き上がると机の中からカッターを取り出し、セックスの余韻に浸っている中村弘志さん（３９歳）の頚動脈に当てた。中村弘志さん（３９歳）は中村ユリさん（１４歳）の顔を見て、「ニンジンとハンバーグの交換か・・・」と思った。指先を動かすこともできなかった。中村ユリさん（１４歳）はためらわずに刃を引いた。その途端にもの凄い勢いで血が吹き出しざあっという音を立てて壁が真っ赤に染まった。中村ユリさん（１４歳）は台所から肉切り包丁を持ってくるとパパのお腹に突き立てようとした。でも、思ったよりも力が必要で傷を付けることしかできなかった。いちばん簡単に切り取れそうなのはペニスだった。それでも結構な努力が必要だったけど。切断すると台所へ持って行き、よく洗ってから塩と胡椒をよく擦り込んで、油を引いたフライパンに放り込む。そこへ中村陽子さん（４０歳）が夜中に何事かと寝室から出てきた。いつの間にか隣に寝ていたはずの中村弘志さん（当時３９歳）はいなくなっているし、台所からは何かを炒める音と、香ばしい香り。こんな夜中に何してるの？と、中村陽子さん（４０歳）は不思議そうに聞いた。中村ユリさん（１４歳）は「パパのおちんちんを料理してるの」と少しも悪びれずに答えた。
「わたし、さっきパパとセックスしたんだけど、違うなって思ったの。パパは満足そうだったけど。セックスして初めて気がついたんだけど、わたしはパパのことを食べたかったんだって。だからパパには悪いけどおちんちんを貰っちゃったってわけ」
中村陽子さん（４０歳）はその場に倒れてしまいたかったが、生来のしっかりもののせいか、そんなことにはなりそうもないのだった。それから娘の部屋に行ってみると、中村弘志さん（享年３９歳）が全裸でベッドに仰向けに寝ていて、壁が真っ赤に染まっていて、それからペニスがきれいに切り取られていたのを見た。中村陽子さん（４０歳）は突然逆上してしまって、それなら私だって欲望の赴くままに生きてやるんだとぜんぜんそんな欲望なんてないのに自分の息子の部屋に入ると眠っていた中村哲郎くん（１２歳）を叩き起こしパジャマを脱がせてパンツを引きずりおろした。するとそこにあるはずのペニスがなかった。中村陽子さん（４０歳）は寝ぼけていた中村哲郎くん（１２歳）の頬を二、三度叩いて目を覚まさせると詰問した。中村哲郎くん（１２歳）は涙ながらにいきさつを話した。
「ぼくは先生とセックスしたかったんだ。でもその望みは永久に叶えられなくなっちゃった」。
中村陽子さん（４０歳）は中村哲郎くん（１２歳）に服を着せ、スーツを着込んでバッグには鉈を忍ばせた。その鉈は以前家族でキャンプに行こうとしたときに薪を割るのに必要ではないかと買ったものだったが、台風でキャンプ自体が流れてしまい、使われなかったものだった。どうしてそんなものを持って行こうとしたのか中村陽子さん（４０歳）自身にもよくわかっていなかった。行き先は中村哲郎くん（１２歳）の担任の木村悦子さん（３０歳）のところだったが、何をしに行くのかもよくわかっていなかった。
ＰＴＡ名簿の住所を見る限りでは、木村悦子さん（３０歳）の住んでいるところはそう遠くなかった。道路さえ空いていれば、車で十分も走れば着くだろう。
雨はまだ降り続いていた。表通りに行くとタクシーはすぐにつかまった。中村陽子さん（４０歳）が国道××号の××交差点まで、というと、運転手は嫌な顔をした。「今日みたいな雨の夜には、あのあたりには幽霊が出るっていうんですよ」と運転手は言った。中村陽子さん（４０歳）は父が病気なんです、お願いします、と嘘を付いた。運転手は可哀想とでも思ったのか何も言わずに××交差点まで車を走らせた。
タクシーを降りて裏道に出ると、そのあたりが木村悦子さん（３０歳）の家だと思われるあたりに女が傘もささずに立っていた。真っ赤なワンピースを着て、長い髪を雨に濡らして。
「先生」と中村哲郎くん（１２歳）が言った。真っ赤なワンピースの女がこちらを向いて「こんにちは」と言った。中村陽子さん（４０歳）はつかつかと女に近づいて行くと、「話があります」と言った。木村悦子さん（３０歳）は「どうぞ上がって下さい」と言って微笑んだ。中村哲郎くん（１２歳）は「もしまだペニスがあったら勃起してたんだろうな」と思った。「先生が笑うのを見ると、なぜかそういう気持ちになるんだ」
屋敷の中はほこりっぽくてあちこちゴミが散らばっていて、通されたリビングはゴミ箱、という有り様だった。木村悦子さん（３０歳）はソファの上の新聞紙とか雑誌とか採点中らしい算数のテストなんかを払いのけて、「どうぞお掛け下さい」と言った。でも中村陽子さん（４０歳）は座ろうとしなかったし、座ろうとした中村哲郎くん（１２歳）の手を引っ張って座らせようとしなかった。
木村悦子さん（３０歳）はそんなことは意に介さない、という態度でソファが濡れるのも構わずに深々と腰掛け、脚を組んだ。真っ赤なドレスがよく似合うなあ、と中村哲郎くん（１２歳）は思った。「ペニスがあったら勃起していたろうなあ」と、木村悦子さん（３０歳）の見事な脚を見てまたもや思うのだった。
テーブルの上に丸めて置いてあったタオルで髪を拭きながら、「お話ってなんですか？」と木村悦子さん（３０歳）が聞いた。中村陽子さん（４０歳）は「あなたを殺しに来ました」と言ってから、自分の言葉に驚いた。中村哲郎くん（１２歳）のペニスの件を詰問するはずではなかったのかと。
木村悦子さん（３０歳）はちょっと驚いた顔をして、それからとても穏やかな顔になった。そして「あなたはわたしの最初で最後の友達」と言った。中村陽子さん（４０歳）は自分の言葉をどう継いでいいのかわからなかった。「あなたを殺しに来ました」「あなたはわたしの最初で最後の友達」というのはまるで会話になっていないのではないかと。
中村哲郎くん（１２歳）は「きょういくいいんかい」とか「けいさつ」とか「いしゃりょう」とかいうような言葉が飛び交うものと思っていたので、ひどく面食らってしまった。どうして中村陽子さん（４０歳）が木村悦子さん（３０歳）を殺そうとするのか、よくわからなかった。
「今日はいったいなんて日だろう」と中村哲郎くん（１２歳）は思った。「大好きな先生にペニスを噛み切られて食べられちゃうし、夜中にママに叩き起こされていきなりパンツ降ろされちゃうし、ペニスないのは見つかっちゃうし、その上ママが先生を殺すって。せっかくのお姉ちゃんの誕生日だったっていうのに。そういえばパパの帰りも遅かったんだ」
中村哲郎くんは自分の父親が自分の姉に殺されたことをまだ知らなかった。
「わたしを殺そうとする人だけがわたしと友達になれる」と木村悦子さん（３０歳）は言った。「わたしに理解を示そうとする奴や、理解したつもりになってる奴や、したり顔で『あなたの言うことはもっともだ』という奴や、わたしに同情する奴は、皆殺しにしてやる。でも、わたしを殺そうとする人は友達。そしてその人はわたしを殺してしまうので、最初で最後の友達」
中村陽子さん（４０歳）は木村悦子さん（３０歳）の話を聞いているうちに、だんだん冷静になっていった。そして不思議なことに冷静になればなるほど木村悦子さん（３０歳）のことを殺さなくてはならないと思った。
「ただ、お願いなんだけど、苦しいのは仕方ないとして、あんまり恐くない方法で殺してくれないかなあ。鉈で滅多打ちにするとか、そういうのはできれば止めて欲しいなあ。わたしさあ、命も惜しいし、殺されるのも恐くて仕方がないんだ。でも、あなたに殺されたいんだ、どうしても。そうだ、納戸にロープがあったはず。あれで絞め殺すってので勘弁してくれないかなあ」
木村悦子さん（３０歳）は納戸のあるほうを指し示すとぐったりした。もう、指一本動かすのさえ嫌だった。死ぬのはぜんぜん恐くなかったけど、殺されるのは恐かった。だから、中村陽子さん（４０歳）が中村哲郎くん（１２歳）を連れてロープを探しに部屋を出て行ったとき、逃げ出そうか、それとも返り討ちにしようかとも思わないでもなかったのだが、どうしても体を動かすことができなかった。雨で濡れたからだが冷えてきて寒いくらいだったのに、不思議とからだが震えるでもなかった。ただ、ひたすら、何をするのも面倒くさくて、それこそ呼吸をするのも億劫だった。たぶん誰かが木村悦子さん（３０歳）の姿勢をとても不自然なものに変えてしまっても、その姿勢が重力とかからだの作りに対して無理なものでなければ、その姿勢を取り続けるに違いなかった。
中村陽子さん（４０歳）と中村哲郎くん（１２歳）が戻ってくるまでにどのくらいの時間が経ったのだろう。木村悦子さん（３０歳）は生まれてから今までのことを反芻してみようとしたのだけど、なにも思い出すことができなかった。それどころか、自分がいったいいま何を恐れているのかさえ思い出せなくなっていた。だから、ただぼんやりと部屋の明りがいつもよりも暗く感じるとか、寒いとか、そんなことを感じるというか思い浮かべることしかできなかった。
でも、中村陽子さん（４０歳）と中村哲郎くん（１２歳）が戻ってきたとき、木村悦子さん（３０歳）はやっと自分が殺されかけているのだ、ということを思い出した。すごくこわかった。でも顔の筋肉さえ動かないみたいだし、からだががたがた震えるでもなし、恐怖の叫びが迸るでもなかった。それがどんなに努力しても絶対にできないことのような気がして、残念だった。
でも、中村陽子さん（４０歳）が首にロープを掛けたとき、木村悦子さん（３０歳）はようやく言葉を発することができた。
「こわい」
中村陽子さん（４０歳）ははっとして木村悦子さん（３０歳）の顔を見た。もう、どんなことにも無気力に見えて、死ぬことも、あるいは殺されることも受け入れる準備ができているにちがいないと思った相手から、思いがけない言葉が発せられたから。
「こわい」
木村悦子さん（３０歳）は涙を流した。言いたいことがたくさんあるような気がした。それを言わなきゃならないような気がした。でも、それ以上どんな言葉も出て来なかった。
木村悦子さん（３０歳）の呼吸が止まってから、三十分が経過した。脈もすでになかった。
「死んだみたいね」と中村陽子さん（４０歳）はため息をつくみたいに言った。中村哲郎くん（１２歳）は床に座り込んで泣いていた。
「さあ、することして、帰ろうか」と中村陽子さん（４０歳）は中村哲郎くん（１２歳）に言った。
「することって？」
中村哲郎くんは聞いた。
「先生のこと、好きだったんでしょ？」
「うん」
「じゃあ、食べてあげないと。先生があんたのおちんちん食べちゃったみたいに」
「うん」
「どこを食べたい？」
中村哲郎くん（１２歳）はクリトリス、と答えようとしたのだけど、そんな言葉を知っていると悟られるのが嫌だったので、「おっぱいがいい」と答えた。
「おっぱいって、あんまり美味しくないんだってさ。食べた人が言ってた」
中村陽子さん（４０歳）は中村弘志さん（当時３９歳）もその食べたひとりだということも知らずにそう言った。
「筋肉にしなさい。腕？それとも脚？」
中村哲郎くん（１２歳）は木村悦子さん（３０歳）の性器が見てみたかったけど、それってなんか屍姦みたいでいやかもしれない、じゃあせめて、ということで「もも肉がいい」と答えた。
中村陽子さん（４０歳）は持ってきたジャージに着替えると、は木村悦子さん（享年３０歳）の死体をソファから引きずり降ろすとワンピースをテーブルの上に載っていたハサミで切り開いて脱がせた。そのほうが作業がしやすかったから。顔だけじゃなくてからだもとてもきれいだったので、容姿に非常なコンプレックスを抱いていた中村陽子さん（４０歳）は一瞬嫉妬を感じたけど、どうせこれから解体しちゃうんだからと自分を納得させた。でも中村陽子さん（４０歳）だって木村悦子さん（享年３０歳）ほど美しくなかっただけで、美しくなかったわけではなかった。
まだ死後硬直していなかったので関節は容易に動いた。中村陽子さんは木村悦子さん（３０歳）の両脚を広げ、台所から探してきた出刃包丁をももの丸みに沿って動かした。ももの内側の筋肉を長さ十センチくらいに切り取ろうとしたのだけど、あちこちに筋が通っていたりして、作業は意外とたいへんだった。たくさん血が出たが、気にならなかった。なんとか切り取ったもも肉を、持ってきた厚手のビニール袋に入れて口を縛った。
それから、やっぱりこの子には心臓も食べさせなきゃ、と思って胸部の切開に入ったが、そこには肋骨という厄介なものが待ち構えていた。仕方ないので持ってきた鉈をうち付けて肋骨を折り取ったが、おかげで美しい乳房が目茶苦茶になってしまった。
そして血まみれになりながらなんとか心臓をとり出し、それも厚手のビニール袋にいれて固く口を縛った。それから浴室でシャワーを浴び、血まみれになったジャージをビニール袋に詰め、スーツに着替え、もも肉と心臓をさらにビニール袋に入れて、バッグにしまった。そしてすっかり青ざめて黙り込んだ中村哲郎くん（１２歳）を連れて国道に出るとタクシーを拾って家に向かった。
吉村いずみさん（２５歳）は自分の胸の治療中に心筋梗塞かと思うほどの胸騒ぎがしたので、医師の警告を振り切って明け方家に戻って来た。するとリビングに木村悦子さん（享年３０歳）のからだがめちゃくちゃに壊されて横たえられていた。吉村いずみさん（２５歳）は木村悦子さん（享年３０歳）の壊れたからだにすがって、すっかり夜が明けるまで泣き続け、そのまま眠ってしまった。
中村陽子さん（４０歳）と中村哲郎くん（１２歳）が帰ってみると、中村ユリさん（１４歳）が中村弘志さん（享年３９歳）のペニスを煮込んでいた。焼いただけだと食べるにはちょっと固過ぎるのだった。中村陽子さん（４０歳）は持ち帰ったもも肉をステーキになるくらいの厚さに切り、筋切りをして塩コショウで味を付け、フライパンで焼いた。心臓はとりあえず冷蔵庫に。
中村ユリさん（１４歳）は鍋の中からペニスを取り出すと白い皿に盛り付けた。中村陽子さん（４０歳）は木村悦子さん（享年３０歳）のもも肉のステーキをやはり白い皿の上に盛り付け、中村哲郎くん（１２歳）の前に置いた。
「さあ、食べなさい」
中村ユリさん（１４歳）は、「パパ、大好きだよ」と言いながらペニスをナイフとフォークで器用に食べた。中村哲郎くん（１２歳）は「ぼくはほんとうは先生とセックスしたかったんだ」とぼやきながらも木村悦子さん（享年３０歳）のもも肉のステーキをおいしそうに食べた。中村陽子さん（４０歳）は娘の寝室から中村弘志さん（享年３９歳）の心臓を、今度は肋骨を金鋸で切断して丁寧に取り出し、いちばん厚くて美味しそうな左心室の壁の部分を切り取り、丁寧に筋切りをして、塩胡椒で味付けをしてからフライパンで焼いた。
キッチンは香ばしい、いい匂いで満ちていた。
「わたしたちはこうやって顔を見合わせ、微笑みながら、好きな人のからだを食べている。たぶんこんな瞬間は二度と訪れないと思うけど、きっと今この瞬間、私達は幸せなんだ」
中村陽子さん（４０歳）は中村弘志さん（享年３９歳）の心臓を食べながら、そう感じていた。