二人の話を聞きながら考えていたことは、どちらにもＱが共通して出てきているのではないかということでした。「後輩」というのがどことなくＱのようでしたし、向かいに座っている人が密かに好きだった人がＱではないか、なんてことを思ってしまったのです。
私の妄想――確証がないというよりも、ぜんぜん関係がなさそうな話を結びつけようとする意味で――は二人の話を聞いているうちにどんどん暴走し、隣に座っている人とＱは付き合っていて、向かいに座っている人はその状況でＱに横恋慕しているのではないか、と考えるまでになりました。
でもそうだとすれば私以外の二人がお互いに初対面である、というのが事実ではなくなるように思われたのですが、でも二人が本当に初対面であり、お互いのことをまるで知らなくても、私の仮説を満たす可能性はあるのです。
もし私の仮説というか妄想がそれなりに正鵠を得ているなら、いったいＱはどんなつもりでこの会合をセッティングしたのでしょうか。
もしかしたら、隣に座っている人は私と向かいに座っている人の知らないことを何か知っているのではないか、ということも思わないではありませんでした。
だとすれば、この会合の意味していることは……私はそれ以上考えるのをやめました。
そして、今度は私が話し始めました。
その晩、お二人と同じように私も酔っぱらっていました。午後八時頃から友達と二人で飲んでいました。その友達とはいつも日本酒を飲むのですが、いつもは一合しか飲まないんです。それがどういうわけかその晩は二合飲んでしまったのです。もともとお酒に強い方ではありませんから、いつもよりずっと酔ってしまいました。友達も私と同じようにお酒に強い方ではなく、いつもは一合なのを二合飲んでひどく酔っぱらっていました。どちらかが釣られてそうなったのではなく、なんとなく二人でそういう合意に達してしまったのです。
駅前で別れるとき、気を付けて帰るように、帰ったらメールするように、と言われました。いつものことではありますけど、友達の方が家が遠いのに、なぜか私の方が心配されてしまうのです。
その後の記憶はしばらく飛んでしまって無いのですが、いつの間にか乗るべき電車のホームに立っていました。始発駅なので電車を一本やり過ごせば座れないなんてことはまずないんですが、なにしろひどく酔っぱらっていたせいか二度くらい列に並んだはずなのにどうしても座れないのです。確かに前の電車が発車する前から並んでいたような気がするのに。でもそれはあくまでもそうしていたつもりのことであり、実際にどうしていたかはわかりません。
立っていられないわけではなかったので、座れなくても乗ることのできた電車に乗って行けばよかったのです。
座ることに異常にこだわっていたらしい記憶は多少残っています。ただ、どうしてそんなふうに考えてしまったのかということになると、正直言ってよくわかりません。
そんなことをしているうちにずいぶん時間が経ってしまったのですが、また列に並んでいて、ホームに入ってきた電車の窓に「女性専用車両」というシールが貼ってあり、最後尾の車両は女性専用車両です、というアナウンスもありました。
それを見て、私は悩みました。もちろん今から思えばなぜ悩まなければならなかったのかさっぱりわからないんですが、どういうわけかすごく悩んでしまったのです。そもそも私は女性専用車両に乗る権利があるのか、権利があるとして、女性専用車両に乗ることは倫理的に妥当なのか、みたいなことを考えていたような気がします。権利だとか義務だとか倫理だとかそんな言葉が頭の中を巡っていました。
結局結論を出すことができなくて、その車両には乗らなかったばかりかその電車に乗らずに次の電車を待ったのですが、その電車の窓にも「女性専用車両」というシールが貼ってあり、最後尾の車両は女性専用車両です、というアナウンスがありました。デジャブあるいは時間が同じところをぐるぐる回っているのか、時を駆けてしまったのかと思って焦ったのですが、単にその時間帯には女性専用車両の繋がった電車が何本も走っていたというだけのことなんです。
ほんとうに、酔っぱらっているときの思考というのは自分でもわけがわかりません。
そんなことをしているうちに終電が来てしまいました。よくわからない女性専用車両を避けて隣の車両に乗りました。最初からそうしていればよかったのですが、それができなかったところが酔っぱらっているということなのでしょう。
問題なのは、その終電が私の家の最寄り駅までは行かないということでした。そこまで行く電車は、もう終わっていたのです。そこから先は歩くかタクシーに乗るかしなければならないのです。歩いても一時間半くらいで家にたどり着けるはずなんですけど、途中で暴走族に襲われるか変質者に斬りつけられそうな気がして、タクシーで帰ることに決めました。
でも、電車を降りて駅前に止まっているタクシーを見た途端、お金が惜しくなりました。でも歩いて帰るのも怖い。ということで車を持っている友達を呼び出すことにしたのです。電話すると、まだ起きていました。今××駅にいるのだけど、車で家まで送ってくれないかと頼みました。これから？と友達は露骨に嫌そうな声を出しました。当然です。夜中ですし翌日は平日で私もその友達も仕事がありましたし、だいいちその友達の家からその駅までの距離の方が、その駅から私の家までの距離よりも遠いのです。
今日だけだから、今度ご馳走するからと頼み込みました。その友達なら、私の頼みを却下するなんてことはないと思っていたのです。そして実際そのとおりになりました。三十分以上掛かるかも知れないけど待っているように、ただし条件があるけど、と言って向こうからさっさと電話を切りました。私が恩に着るとかありがとうとかうだうだ言うのを聞くのが嫌だったのか、少しでも早く用件を済ませたいと思ったのかはわかりませんが。
条件、というのがすごく気になりました。なんだか突然怖くなりました。やっぱりタクシーで帰った方がいいんじゃないのだろうか、なんて考えているうちに、駅前には誰もいなくなっていました。数台いたタクシーも姿を消していました。お客を乗せてどこかへ行ってしまったのでしょう。酔っぱらって座り込んでいたおじさんも、いつの間にか姿が見えなくなってしいました。
ひとりきりであることに気が付くと、条件、なんてことよりもひとりでその場にいることのほうがずっと怖く感じられました。酔いが醒めてきていたのかもしれません。なんだかずいぶん寒いのでした。あと少しで十二月という頃のことですから当たり前なのですが、飲んでいたお店から駅まではずっと地下道で繋がっていたし、駅も地下にあったし、電車でもドアから遠いところに乗っていたのでずっと外気に当たらずにいたのでそのことに気が付かなかったのです。自分がひどく迂闊であるように思えました。いえ、事実迂闊だったのでしょう。
すっかり身体が冷えてぶるぶる震えているところに友達がやってきました。車から降りるなりこんな時間に電話してきて家まで送れなんてまったく私らしい、というのでした。私は少しのあいだ忘れていたけど気になっていたことを聞きました。条件って何？
友達は、寒いしまずは車に乗るようにと言いました。
へんなことしないでね。友達の言ったことに対する私の答えはそれでした。車の中で二人きりになったら何か変なことをされそうな気がしていたのです。
友達は、これまでだって二人きりで車の中にいたことはたくさんあるけど変なことをしたことは、確かにあるかもしれない、と言いました。
そんな覚えはなかったので、それはいったいどういうこと？と訪ねました。
オタクしりとり、伝染ごっこ、ステイプレーション、アミラーゼミ、北向く侍、筑波山麓蝦蟇鳴き、……それらを説明するのは控えますが、確かに私たちはそういう変なことを車の中でよくしていたのです。
そういうのに較べたらずっとまともなことだ、と友達は言いました。話を聞いてもらいたいのだと。なんだ、そんなことならお安いご用とまるで自分の車みたいに自分でドアを開けて助手席に乗り込むとシートベルトを締めました。その途端、目蓋がとてつもなく重くなり始めたのです。安心したのと、車の中が外と較べて春のように暖かかったからかもしれません。
友達は車を発進させながら、話っていうのはたいしたことじゃないのだけど、一人で抱え込んでいると頭の中がそれに占領されてしまっていろいろなことが手に付かないのだと言いました。相槌も何も必要ない、ただ黙って聞いてくれていればそれだけでいい、というのでした。ほとんど眠りそうになりながら、報われない恋の悩みかな、なんて思っていたのですが、ぜんぜんそんな話じゃなかったのです。家に着くまでだいたい二十分くらいだったと思うのですが、友達の話はほとんどその間中続いていました。続いていたはずです。少し怪しいのは、もしかしたら途中で私が眠ってしまっていたかもしれないからです。しかも、友達の話が頭の中で新たな妄想を作り出して、それを夢で見てしまった可能性も否定できません。友達から聞いた話と夢で見たかも知れない妄想の区別がつかないのです。友達に聞けばわかったかも知れないんですけど、車を降りるとき、二度とその話をしないでくれと友達に言われたのです。理由は分かりませんけど、人に話して忘れてしまいたいとでも思っていたのではないでしょうか。そこまで言われたら、私にはその話を蒸し返すことはできません。
それは友達の見た夢の話でした。夢の中で、友達は私だったというのです。夢の中で年齢や性別を無視して自分以外の誰かになりすましてしまうとか役割を割り振られてしまうというのは私にもときどきあることなので珍しいこととは思いませんでしたが、友達が私としてどのように振る舞ったのか、というところにはとても興味を惹かれました。
ところで、私が自分自身を示すところの私と、友人が夢の中で割り振られている私、との区別がややこしいので、友達の夢の中での私をわたくし、ということにします。わたくしは友達自身でもあるのですから、ちょっとわかりにくいかもしれません。
そして友達は自分の見た夢について話し始めました。
わたくしは友達と二人で飲んでいました。その友達とはいつも日本酒を飲むのですが、いつもは一合しか飲まないのに、どういうわけか二合飲んでしまったのです。もともとお酒に強い方ではありませんでしたから、いつもよりずっと酔ってしまいました。友達もわたくしと同じようにお酒に強い方ではなく、いつもは一合なのを二合飲んでひどく酔っぱらっていました。
友達は電車で帰りました。でもわたくしは友達を見送った後街の中をぶらぶらしているうちに終電を逃してしまいました。そんなに遅くまで何をぶらぶらしていたのかはよくわかりません。というか、夢というのはしばしばそういうものではないか、と友達は車を赤信号でストップさせながら言いました。
電車のガード下のガードレールに自分の自転車をワイヤー・キーで繋いであって、それに乗って帰ることにしました。家までの距離はそんなに近いわけではなく、夜中にそれだけの距離を走るのは面倒に思えました。
夜中なのに車の通行量は少なくありませんでしたし、道路がゆったりとカーブするところにある大きな本屋さんは営業していて、たくさんの人たちが出入りしていました。それに空も昼間みたいに明るいのです。
そのあたりはゆったりとしたカーブのあるほかは平坦で、自転車で走るのにたいした不都合はないはずなんですが、車の通行量が案外多いのが怖いのです。歩道を走ればいいのかもしれないけど、歩道を走ってはいけないことになっていました。
そのうち、道路は町中を離れ、まるで山の中みたいなところに差し掛かりました。そこは江戸時代に刑場のあったあたりで、現実にはそんな地形ではないし、ほかの場所と変わらずに道路の両側にはビルが並んでいるような場所です。
もちろんそれを不思議だとは思わないわけです。道路はいつの間にか未舗装になっていて、道幅も対向一車線ずつになっていました。路面には轍が刻まれ、カーブではそれがかなり深く、水の溜まっているところもありました。
それでも車が通らなければさほど苦労なく走れるのでしょうけど、ひっきりなしというほどではないけどそこそこの交通量はあるのです。大きなトラックが自転車を引っかけそうになりながら追い抜いて行くこともありました。
乗っていた自転車がマウンテンバイクだったのは幸いでした。でも現実にはマウンテンバイクに乗っているのは友達であり、私はなんというのでしょうか、変速機もないような、前に籠の付いている自転車、シティサイクルとでも言うのでしょうか、に乗っているのですが。
道路はだんだん羊腸のような下り坂になっていき、ようやくその頃になって車の通行量は少なくなりつつありました。きついカーブとカーブのあいだで一台と出会うかで合わないか、という程度に。
そういう下り坂をブレーキを掛けながら慎重に下っているとき、鳥の足跡を見つけたのです。ダチョウの足跡は見たことがありませんが、ええ、私ではなく友達が、ですが、多分それよりも大きな足跡だったと思います。その鳥が、坂道を駆け下りていったようなのです。
わたくしはぞっとしました。そんな見たこともないような大きな鳥と、自転車という無防備な乗り物に乗った状態で遭遇したくなかったのです。
しかも鳥の足跡を見付けた頃から車の通行がぱったり途絶えてしまったのです。空は薄曇りみたいな明るさで、時刻は午前三時でした。
鳥の足跡は羊腸の坂道を下り終えるまでずっと続いていましたが、山道から人里に入ったあたりで、足跡がなくなっているのに気が付きました。どこで消えてしまったのかはよくわかりません。結局その足跡の持ち主というか正体を見ることはありませんでした。
人里、というよりも山の麓の集落という感じなんですけど、道路沿いの祠に一人の人物が蹲って祈りを捧げているのを見かけました。わたくしは自転車を止めてその人に声を掛けました。その人は友達その人だったのですが、もちろんわたくしはそれを不思議には思いませんでした。その人物、すなわち友達その人は近藤勇と名乗りました。もちろん新選組とは無関係です。
近藤勇は自分の家に寄っていくようにと言いました。祠があるのは邸の一隅で、時刻はまだ午前四時とかそのくらいなのですけど、わたくしはその招待を受けることにしました。家はまるで時代劇に出てくる武家屋敷みたいな感じで、なぜか座敷ではなく台所に通されました。
今の妻を離縁して、後添えを貰おうと思うのだ、と近藤勇は言いました。先ほど祠のところで話をしているときに通っていったのが妻なのだ、というのです。
その人はとても美しい人でした。何が気に入らないのだろうと思いました。どうして離縁しなければならないのかと尋ねました。
よくぞ聞いてくれた、と近藤勇は言いました。そしてそのいきさつについて話し始めました。
わたしたちのあいだには子供が一人いた、と近藤勇は言いました。玉のように美しい男の子であった。まだ数え年で三つになったばかりだった。
今からちょうど一年前、妻はその子を死なせてしまった。行水をさせていて、溺れさせてしまったのだ。わたしは散々妻を責めた。お前がもう少し注意していれば、と。だが妻は「蛙の子は蛙」っていうのは、嘘だったんですね、と言ってすましていた。わたしの言うことなんて少しも堪えていないようだったし、妻自身子供が死んだことにまるで堪えてはいないようだった。わたしにはそれが不気味でならなかった。
我が子が身罷ってから、わたしはその気になれず、妻の寝ている部屋に忍んでいくこともなかった。そんなある晩、わたしは悪い夢を見て目を覚ましたのだが体が動かない。これが金縛りというものかと思っていると、足元の襖が開いて妻が入ってきた。白い寝間着を着た姿は幽霊のようだった。だが現実はそれよりもよくなかったのだ。
あの子が死んだのなら、変わりを生めばいいまでのこと。私の寝ている蒲団の横にはいつの間にか金盥が置かれていて、妻は寝間着の裾を腰の上までたくし上げると両脚を広げてその上に跨った。そしてうなり声というよりもよがり声をあげながら、股の間からぬるぬるした細長いものを絞り出すのだった。
さああなた、起きあがって、わたしを後ろから抱きしめるのです、そして、あなたの白い物を盥の中に放つのです。
さあ、早く。
だがわたしは身動きできなかった。金縛りは解けていたのだが、動くことはできなかった。そして、いつの間にか気を失ってしまった。
翌朝目を覚ますとそこに金盥はなかったし、妻のようすもいつもと変わらなかった。だがわたしは妻を離縁することに決めたのだ。
近藤勇はそれだけ話すと、わたくしに後添えにならないかというのでした。わたくしはしばらくその家に留まって考えることにして、ひと月後、結局その話を受けることにしたのです。
前の奥様は離縁された後も帰るところが無いのでしばらくその家に留まっていました。最初は前の奥様と呼ばれてそれなりの扱いを受けていたのですが、いつの間にか下女同様に成り下がっていました。
わたくしと近藤勇の祝言の夜、前の奥様はそっと家を抜け出したのです。そのときからわたくしは近藤勇の後添えではなく、離縁された前の奥様になっていました。わたくしには何の落ち度も無かったのです。子供が死んだのは、子供が殺してくれと言ったからなのです。でもあの子はそのことを誰にも言ってはいけないと口止めし、さらに、悲しんだり悲しんだ振りをしてはいけない、なぜならあなたに悲しむべき理由などないはずだから、というのでした。まったくあの子の言うとおりでした。わたくしがそんなことで悲しむことなんてあるはずもないのです。
もし、誰かにこのことを話したら、近藤家に災いが降りかかるだろう、ともあの子はいいました。ほんとうは近藤家なんてどうでもよかったのですけど、勇様のことはとても好きでしたので、勇様が悲しむようなことはすまい、と思いました。
わたくしはあの子を水の中に沈めました。殺してくれ、と言ったのだからそうするのがいいと思ったのです。でも、あの子は殺してくれと言った割にはもがき苦しんでから事切れました。そいういうものなのかもしれません。
夢はまだ続いていたのだけど、そこから先はよく覚えていない、と友達は言いました。車は私のマンションの前に止まっていました。でもなんだかそのまま別れて寝てしまうのが残念なような気がして、どこかのファミレスにでも行かない？ちょっとお腹も空いてきたし、と言いました。友達もそれに同意して、結局夜が明けるまで一緒に過ごしたのでした。
私が話を終えたのが午前三時過ぎのことでした。店の人たちは店を閉めたがっているようでした。私たちは会計を済ませ、まだ暗い外に出ました。三人とも話し疲れていたせいか、誰も口を開かずにぶらぶらと歩き始めました。どこへ向かって？駅？それともタクシーのつかまりそうな場所？それとも誰かの家？
そこは大きな通りからはずれた場所で、あたりはマンションとか戸建ての建物が混在して、昼間なら事務所だったりお店だったり、あるいは昼も夜もただの住宅かもしれないのですけど、明かりの灯っている窓は滅多にありませんでした。
歩きながら、さっきまで聞いたり話したりしていたことについていろいろ考えました。考えたというよりも、聞いたり話したりしたことが惰性で頭の中をめぐっていた、というほうが近いかもしれません。
私の話は、一部を端折ってありました。本当は、マンションに着いて車から降りようとすると、ちょっと待って、と友達が言ったのです。くちびるが荒れている、というのでした。がさがさだ、と。友達は私の顎を右手で押さえ、左手でリップクリームを塗ってくれたのです。
もしかしたら、ほかの人たちも話を端折ったり一部変えたりしていたのかもしれません。一部どころか最初から最後まで作り話の可能性だってないではありません。でもそんなことはどうでもいいのです。きっとほかの二人だってそうであるに違いありません。
どこへ向かっているの？と二番目に話をした人が言いました。さあ、と最初に話をした人が言いました。わからない、と私が言いました。三人ともその場に立ち止まって顔を見合わせました。
そのとき私の携帯に着信がありました。表示を見るとＱでした。電話に出ると、まだ起きていたのかと驚いたようすでした。ほかの二人も起きていて、ここにいる、と言うと、もっと驚いたようでした。
ほかの二人もＱと言葉を交わしてから、電話を切りました。さあ、これからどうしましょうか、と私は言いました。
とりあえず、歩くのはどうでしょう。そして、歩き通した末に、どこかの駅に着くのです、その頃には始発も動き出していることでしょう、と二番目に話をした人が言いました。最初に話をした人もわたしも、それはよい考えだと言いました。そうして私たちは、東の空が白み始めるまで、ほとんどひと言も交わさずに歩き続けたのです。