（３）

気が付くと部屋は薄暗くて、横ではママがうつぶせになって煙草を吸っていた。

「今何時？」

「そろそろお昼ってとこ」

……毛布から覗いているママの上半身は裸だった。乳房がベッドに押しつけられてひしゃげているのを見て思わず目を逸らした。

「丸見えだよ」

ぼくは小さな声で言った。

「そういやそうだね」

でもママはわざわざ仰向けになった。見れば？というように。おそらくはぼくのせいで多少型崩れのした、でも豊かな乳房が露わになった。

「シャワー浴びたら暑くてさ。なんにも着る気がしなくて。ところであんた女の人としたことある？」

「ノーコメント。そんなこと母親が実の息子に聞くようなことじゃないと思うけど」

「別に聞いたっていいじゃん」

「よくない」

「夕べからずっと思ってたんだけど、あたし、あんたとしてみたいよ」

「ぼくはいやだ」

「どうして？文字通りマザー・ファッカーになっちゃうから？」

ぼくは混乱していた。確かにぼくはママのことが好きだった。でも男の子なら誰だってある程度はそうじゃなかろうか。でもたぶんそれ以上の意味で、ぼくはママのことを「女」としても認識していた。それは三島由紀夫の『午後の曳航』を読んだのがきっかけだったかもしれない。中学の時本をよく読む奴が友人にいて、勧めてくれたのがそれだった。「ここにはおれたちのことが書かれている」と奴は言った。でもぼくの心を捉えたのはそのことじゃなく、主人公の少年が壁の穴から母親の裸体や恋人との性交の様子を覗き見る、という場面だった。

そうだ、ママも女だったんだ、ということをそのとき初めて了解したのかもしれない。父親は物心付いたときからいなかったので、両親が性交するのを偶然見てしまう、という経験をすることもなかったので、なおさらのことだ。ちなみに父親は死んだわけではなく、ただたんにママの元を去った、というだけのことだ。

でもだからといって一緒に生活しているママに性欲を覚える、ということにはなかなかならなかった。ママは愛しい人であり懐かしい人でもあるけど、ぼくから見れば衰え始めた女だったし、くたびれた女だった。

それに風呂上がりにバスローブを羽織っただけの姿で缶ビールを呷る姿は色っぽくも何ともなかった。隣の部屋だからいびきがうるさくて眠れない、ということもあったし。

でもなによりも、ママの部屋を覗き見る穴がなかった、ということがいちばんだったのかも知れない。覗き見ることは想像力を刺激する。

でも、ママに対する欲望はぼくの中で確実に育っていたのだ。それを初めてはっきりと認識したのは、中学三年の修学旅行のときのことだった。

ぼくたちの泊まった旅館の脱衣場は、いってみれば欠陥構造で、男女の脱衣場が薄いベニヤ板一枚で隔てられていた。誰かがそのことに気付いて継ぎ目を無理に押し広げると、同級生の女の子の裸身が垣間見えるのだった。おまえも見れば？と言われて隙間を押し広げると、偶然にも密かに思いを寄せていた女の子の白い裸身が見えた。

でもそのときぼくが本当に見たのはママの裸身だった。ママの美しいはだかのからだが、ぼくの頭の中にはっきりと像を結んだ。それと同時に、ぼくのペニスはまだ身につけていた下着を押し上げて屹立した。当然周囲の連中はすぐそれに気付いて囃し立てた。そしてあっという間に、そのことは脱衣場全体に、さらには浴場にいた連中にも知れ渡った。あっという間に大勢の半裸や全裸の少年たちがぼくを取り囲み、その年代の少年たちの知っていそうなありとあらゆる卑猥な言葉で囃し立てた。でもその中心にいることがなぜか誇らしく思えた。彼らはどんどん興奮してきていて、とうとうぼくに飛びかかり床に押さえつけると下着を脱がせに掛かった。ぼくはされるがままにしていた。ほどなく屹立したペニスが彼らの前に出現すると、しんと静まりかえった。彼らはそれをじっと見ていた。ぼくもそれを見た。そして次の瞬間彼らはわっ、という声を上げてぼくのからだのありとあらゆるところをなでさすり始めた。ぼくは言いしれぬ快感に身をよじらせ、のけぞらせ、熱い吐息を漏らした。ペニスは湿って暖かい何かに包まれていた。それが永遠に続けばいい、と思ったとき、射精した。

放心状態から我に返ると、そこには誰もいなかった。ぼくは一人で脱衣場の冷たい床の上に横たわっていた。

「遠慮しなくていいよ……それに一度だけならだいじょうぶ」

ママはぼくの上にのしかかるとむりやり浴衣を脱がせ始めた。少し抵抗したけど、すぐにやめた。高熱を出して寝込んでいるときに体を拭いてもらうのと変わらないような気がしたから。それに、ぼくの裸の胸にママのやわらかい乳房が押し当てられるのが気持ちよかったから。体の重みが気持ちよかったから。体温が気持ちよかったから。下半身が充血してくるのがわかった。ママの手がそこに触れると体が震えた。

「緊張しないで、気を楽にして……」

それからママはぼくの下着を脱がせ、毛布を払いのけ、ぼくの体中を舐め回した。ママの完全な裸身を見るのは初めてだった。とてもきれいだと思った。ぼくはうっとりとママの愛撫を受け入れた。ママは最後にぼくの体の中でいちばん敏感な部分に口づけをした。

今度はぼくの番だった。ぼくは自分の生まれてきたその場所に、自分の体の一部だけではあるけど帰還した。制限時間付きではあったけど。ママは「お帰りなさい、あたしの可愛い赤ちゃん」と言った。