出掛けようとして玄関のドアを開けると金木犀が匂った。今年はいつもより少し遅い、金木犀。九月まで暑かったせいかもしれない。
これを書くのも久しぶりだ。公私ともにいろいろあって。仕事のごたごた、伯父の葬儀、きょうだいの出産、などなど。
今日は所要で数駅離れた所まで出掛けた。昼過ぎまで雷が鳴ったりしていて、雨も強く降っていた。そのあと外に出ると寒いくらいだった。
伯父の葬儀はまだ暑い頃で、でも行き先は東北新幹線を仙台で降りてさらにその先で、行ってみたら東京よりも涼しかった。仙台に午前八時半頃に到着したのだが、いつもその時間どこにいるのかと思ったら変な気がした。新幹線の中では眠ろうかと思っていたのに、須賀敦子の『トリエステの坂道』に読み耽ってしまいそれどころではなかった。昔なら窓の外でも眺めていたことだろうけど、今はそれをすると酔ってしまう。特に新幹線は風景の流れが速いので、眼の動きがそれについて行けない。
伯父の葬儀は大きな寺の本堂で行われた。エアコン付きの、ゴシック建築のようにあらゆる装飾の施された本堂。仏壇の前によくある鈴の火鉢よりも大きいのやら、小さな釣鐘や、巨大な木魚や、銅鑼や、そんなものがたくさんあって、読経の際にはそれらが総動員され妙なる音曲となり、ほとんど昏睡しそうになる。早起きをしたせいもあるが。
おそらく百人以上の人がその場にいた。
葬儀の後納骨をし、それから会食になった。伯父は誰からも愛され、慕われていたようだ。誰もが伯父の死を惜しんでいた。確かにそんな人だった。伯父の弟であった私の父や、私などとはえらい違いである。私は隣に座っていた兄と、父親をこき下ろした。
今年八十になるという伯父から、そろそろ結婚したらどうかと言われた。私の意思はともかくとして、たまにそういうことを親戚から言われると、まだ見捨てられていないような気がして却って嬉しい。
帰りはずっと兄と一緒だった。私の兄という人は誰でもその名前を知っているような会社に勤めているような人で、やはり私とはえらい違いなのであった。その違いはどこから来るのかと思っていたら、兄は何かの役に立つようなことが好きなのに対して、私は何の役にも立たないようなことばかりが好きだ、ということが話しているうちにわかってきて、たぶんそのことが私たちの違いとして現れているのかもしれない。
九月の終わり頃が、体調のいちばん悪いときだった。暑かったり寒かったり忙しかったり。たぶん風邪を引いたのだけど、なかなか治らなかった。友人が「風邪のときは栄養を取らなきゃ」と言ったのだが、そういうときは胃腸も弱っているからそうもいかないと反論したのだけど、実際たくさん食べる機会が訪れたらそのあと風邪は快方に向かった。たまには人の言うことを素直に聞くべきなのかもしれない。
「カップヌードル【十年缶保存計画】」というのを買う。あのカップヌードルが丸ごと缶に入っていて、十年後に開封しようというものだ。とはいってもカップヌードルを十年間保存したからといってなんなのだろう？最初そう思ったので買うのを見合わせたのだが、帰ってきてからやっぱり欲しい、ということになって翌日買いに行った
。側面に十年後の自分へのメッセージを書く欄があったので、「生きてるかい？元気かい？まだ小説書いてる？」と書いておいた。とりあえず前の二つは実現できていればいいなと思う。
冷蔵庫の中を整理した。筆舌に尽くし難い色に変化したドレッシングなどが発見された。そのほかいろいろ捨てるが、まだ処分しなければならないものが残っているので、それは次回にしたいと思う。
夏物の衣類をしまった。もう半袖を着ることもないだろう。そのほかずっと着ていなかったものを多少処分。
持ちかえりの仕事があったのだが、ちょっとしたトラブルが発生したので続行できなくなってしまった。まあ仕方があるまい。
昨日久しぶりに自転車に乗ったら、空気は抜けているし鍵はオイル漏れみたいのを起こしているしで散々だった。なにしろ一月以上週末の天気が悪くて、あるいは用事があって乗れなかったのだ。もう少し頻繁に乗りたいものだ。
家の中に三十年以上にわたって君臨してきた家具を粗大ごみに出した。たんすとか食器棚とかもう誰も使わない鏡台とか。
一週間のうちのかなりの時間をかけてそれらの中身を出して、土曜日の朝に収集に来ると言うので金曜日の晩に玄関の外に出す、ということで友人に応援を求めた。とてもじゃないけど一人じゃどうにもならないので。
ところが金曜日の晩は大雨で、友人はびしょ濡れになってやってきた。あるいはそれらの家具に思い入れのある人が、あの世で涙を流しているのかもしれなかった。それならそれで仕方のないことだ。
いちばん大きい箪笥は二階にあって、それを階下に降ろすのは大変だった。しかも降ろしている途中で友人の携帯に電話が掛かってきてそれに出る、というハプニングもあった。そして苦労して階段のいちばん下まで降ろしたときにわかったことは、そこからはどうやっても外に出すことができない、ということだった。簡単に言えば、開口部よりもたんすのほうが大きかったということだ。
仕方がないので再びたんすを二階にもどす。
たんすの引出しの中敷には古新聞が使われていて、それがなんと両親が結婚する以前の昭和三十二年のものだった。昭和３２年７月１１日。
本の広告には三島由紀夫の『美徳のよろめき』（「こんな婦人に愛された男こそ仕合せである」なんてキャッチフレーズが）とか、『群像 ８月号』なんていうのがあってなかなか興味深い。『群像』の中身は以下のとおり。
『戦後文学はどこへいったか』吉本隆明/『斎藤緑雨の死《日本文壇史》』伊藤整/『深山の清水』上林暁/『南蛮菓子』阿川弘之/『女と男と』芹沢光治良/『回転木馬 連載１』中村真一郎/『月見縁（七十八枚）』壷井栄/『青空』豊田三郎/『二葉亭四迷伝』中村光夫/『市井のファウスト』花田清輝/『二つの古い日記』渡辺一夫/映画雑感 なかのしげはる/文芸時評 北原武夫/亀井勝一郎氏の文壇交遊録【グラビヤ】/<日本の現実>対談『新聞記事作成について』笠信太郎 加藤周一/創作合評『神のあやまち』『おはん』他 平林たい子 円地文子 佐多稲子/等々・・・
あと、「若い女性のためもフレッシュな実用雑誌」とかいう『若い女性』という雑誌の広告も。発行は講談社。内容は以下のとおり。
別冊付録 あなたのサマーウェア まち・海・山のきもの オフィスやカレッジのお嬢さま方にこの夏を思いきり楽しんでいただくためのスタイルブック…スピーディな裁断ですぐ装える新しいモードでいっぱい！/特集・涼しい暮しのヒント すまい・家具・室内装飾に…家中が驚く新鮮なアイディアを/あなたのタイプで流行をとらえる 個性と体型にそって美しさを強調するデザイン特集です/新しい恋愛のノート ラヴハンティングのルール・恋愛の人生…向井哲雄ほか/夏休みの一日を装う/ヤングレディのメガネの事典/カリプソとエレガント（２つの化粧法）/ダーク・ダックスの魅力の秘密/小説…高見順・田宮虎彦/とじ込み付録若い女性の歌のアルバム
ほかにも「新大臣の横顔」なんて記事があって、郵政大臣が田中角栄だったりするのも趣が深い。「経歴にふさわしい馬力」なんて書いてあるのも奥床しい。
他に出てきたのは昭和３４年の新聞。三輪自動車の広告が出ていたりするのがよい。
久しぶりにサンマを煮る。生姜の代わりにカイエンヌペッパーを入れたらすごく美味しかったのでトウガラシを入れてみたのだが、いまいち。丸ごといれたのがよくなかったのかもしれない。辛味がうまく出なかった。
同じ十月のうちに、冷房を使いたい日と暖房を使いたい日がある。ちょっと極端な気がする。
今週はなんだか無気力。読書も進まないし、しなければならないこともさぼりっぱなし。でも仕事はまあまあこなす。
夕方友人が訪ねてきて、心霊現象について語り合う。
久しぶりに小説を書いてみると、だめだめだった。仕方ない。あるいは高橋源一郎の『官能小説家』のせいかもしれない。あれを読むとある種の書き手は書けなくなるのではないかと思う。それとは別に、あれを読んでいると胸がきゅんとしてしまう。明治と平成のギャップとか（明治時代と似たようなことをしても、すべてギャグになってしまう平成の悲しさ。もちろん単にギャグになるということとは違うのだけど）。半井桃水（百科事典を引くまでこの人のことは知らなかった。それにしてもその人の項目が存在せずに樋口一葉について書かれている中に出てくるだけ、というのは皮肉であるというよりも切ない話だ）とか出てくるのがすごくよいのだ。いや、先日の「たけくらべ」もものすごくよかったのだが。これを読むためだけに生きていてもいいかもしれない、と思うほどだ。事実はそうでないとしても。
しかし、天気の悪い日ばかりだ。ちっとも洗濯物が片づかない。そして、天気が悪いと気分的にもどうも上向かない。
ＩＭＥをＡＴＯＫに変えてみた。多少はましかもしれないけど、そんなに変わらない気もする。ただ、動作が軽くなったのだけは確かだ。