この本が話題になったのは去年のことだが、今頃読んでいるのである。高くて買えなかったので人に借りた、という都合もあって。
もちろん今頃読んだからだめなんてことはまったくない。そもそも書かれたのが８０年代半ばであるし。
小説では、表紙になっている写真と「私」との遭遇に関わる物語、写真に写っている三人の農夫をめぐる物語、そして群衆の中に赤毛の女を見出した人物の物語が交互に語られる。そしてそれら三つの物語がこの写真といかように関わっていくか、ということになるのだが、いろいろ書くとネタバレするのでやめる。
これを読んでいていろいろな本とのリンクを見つけたのだが、それは作者の意図しているものもあるだろうし、そうでないものもあるに違いない。でもたとえばピンチョンの『重力の虹』を少しも意識しないで書いたとは思えない。そういえばパワーズもピンチョンも理科系から文学へ転向しているのだ。
あと、写真ということで関わりを持ってしまうと思えたのがバルトの『明るい部屋』だが、少し読み返してみて直接の関係は感じられないが、写真、というものに触れる部分で関わりを見出すことができるような気がする。ベクトルは違うのだけど。
視線、ということでも『明るい部屋』との関わりを考えていくこともできるかもしれないが、むしろそこには柄谷行人の『近代日本文学の起源』における風景の発見とか、高橋源一郎の『日本文学盛衰史』の、やはり独歩における箇所においてそれを見出してしまうのだ。
かなり長いのだけどほとんど一気に読んでしまった。あと少しだけゆっくり読んでもよかったかもしれないとも思う。
川端康成は『掌の小説』を読んでからすごいと思って、少しずつ読み進めているのだが、こういう作家がノーベル賞を取ってしまうというのは凄い、と思ってしまうのだ。侮りが足し、ノーベル賞。というのも三島がもらった方がまっとうだったような気がしてならないのだ。
もちろん川端康成がダメダメ、ということではない。凄いのだけど、たとえば教科書に載せたりするのには三島よりもずっと向かないような気がするということだ。
『みずうみ』だけど、今風に言えばストーカー小説というところか。ストーカーでもないんだけど。女のあとを追跡するのであって、付きまとうというのとは違うからだ。そういう変態男と、追跡されることに快感を覚えているかもしれない女の話、とも言い切れない。言い切れたら小説としては失敗だからそれでいいのだけど。
高原英理の『少女小説』には「いやらしさ」というようなことが書いてあったと思うのだけど（本が見つからなくて参照できない）、そのとおりで、直截なものではないけどからだから分泌される粘液（特定の何かを指しているのではない）、という感じのいやらしさ。それはある種の対比としても成り立っているのだけど、そういうことをここで書いてもつまらないのでやめる。
先日出掛けた古本市で買ったもので、昭和４９年の初版のようだ。定価２８０円、買値２００円。今文庫で買うといくらなんだろう？
『地下鉄のザジ』という映画を見たことはある。テレビでやっていたのだ。でもいろいろ事情があってじっくりとは見てられなくて、でもスラップスティックなところが魅力的だったので今度は落ち着いて見てやろうと思っているのだけど、いまだに果たしていない。
この作品やクノーについていまさら私が書くようなことなんて何もないので書かないけど、もちろん面白かった、とても。
でも、ここで書かれているみたいに同性愛者を取り扱うのは、今では難しいのではないか？そんなことはないのか？
しかし、フランス語をまったく知らないと笑えないところがあるのは残念しかたないけど。
デビュー作『葬儀の日』を含む初期の三作品を収録（残りは『乾く夏』『肥満体症候群』）。どれも素晴らしい。
敢えていえば、こころとからだをざわざわいわせる官能に満ちている。『ナチュラル・ウーマン』もそうだったんだけど。
『葬儀の日』は「泣き屋」の「私」と、「私」の分身とも思える「笑い屋」の話。「泣き屋」も「笑い屋」も葬式に呼ばれて泣いたり笑ったりする職業で、そういう資質を持った人間がなるらしい。そして「泣き屋」や「笑い屋」になるような人たちは、その対となるような相手を見つけてしまう可能性がとても高いという。
「私」とその相手はお互いに深入りしすぎてしまい、抜き差しならない状態に陥っていく。
なんてことを書いてみて、そういう書き方をすると書かれていることとまるで違ってしまっているので、気になる人は実際に読んでみてください。
この小説の中で、いちばん好きだったのは次の箇所かもしれない。同じ「泣き屋」の男の子とセックスしたあとでのやりとり。
「こういう立ちまわりは本当は好きじゃないんだよ。」
ある日最大の昂揚の後で彼は言った。頬を染めて。
どうして？
「あまりにも一本調子だから。からだの構造上仕方ないんだけどね。」
でも力強い。
「それが嫌なんだ。力強くしかなれないのが嫌なんだ。意気ばかり見せつけるなんて、素直じゃないんだ。」
恥ずかしそうに笑った彼。
「君はいい。君の動きは多角的だ。変幻自在だ。どんなものでも包み込める。女の子はあらゆる適応を知っている。相手のために何の役でも演じることができる。僕たちはどんなに相手のことを思っても、相手の女の子を適応させることしかできない。自分自身はいつも頑なだ。柔軟性がほしい。僕はもっと優しくありたかった。」
古今の数学者３０人の生涯を、「偉い人」という枠を取っ払って紹介したもの。
文章はちょっと癖があって読みにくいかも。
数学者の一般的傾向、というのは本書を読んでいるあいだにちっとも思い浮かばなかった。世知に長けている人もいれば、つまらん決闘で命を落としてしまう人もいる、という具合に。
数学的な知識がなくても読めるだろうけど、多少は数学をかじってた方が「あ、この名前知ってる」ということになるので面白いかもしれない。たとえ私のように数学の問題が解けないとしても。たとえばフーリエなんて名前は「フーリエ変換」で有名だ。
そのほかヨーロッパの歴史を多少知らないときついところもある（それは私だ）。