最初に断っておくが、本書は「少女に対する欲望」を語ろうとしたものではない。それを批判する立場を語っているのだ。つまり、清純な少女に心癒されたとか（ただしそういうことの書かれている小説を取り上げてその実体を確認しているが）、少女を手に入れたいとか、そういう立場はすべて批判される。つまりそれが「少女的な意識」であり、それを持つ人の性別や年齢には関係ないとされる。
そうそうそうそう、ほんとうにその通りだよね！
で、本書は先に読んだ野溝七生子の『山梔』の解説で矢川澄子が取り上げていたのであった（しかしそれ以前、尾崎翠と関連してすでに本書の存在自体は知っていた）。それを読んで、すぐにウェブで注文を出してしまったのだ。
で、手元に届いてびっくりである。本書では十一冊の作品を取り上げて「少女的な意識」を探っているのであるが、そのうちの五つまでは読んだことがあったのである（まあ、『山梔』含まれるのは当然ではあるが）。あんまり本を読まない私としてはほとんどあり得ないことである。
めちゃくちゃな話ではあるけど、まるで私のために書かれた本、という気さえしてしまったのである。
「少女的な意識」の誕生が鮮やかに描かれているのが『山梔』であり、本書でも最初に論じられる。社会的にはまったく何者でもない少女が、経済的余裕のもとで発揮できる「自由と高慢（『高慢』という言い方には矢川澄子は多少の違和感を表明しているが）」がそれである。
ただし、それを十分に発揮し続けることはできない。それは『山梔』の主人公阿字子がことごとく周囲との戦いに敗れていくことに示される。少女とは周縁の弱い存在でしかないのだ。だがそれ故に、『山梔』におけるように、家父長制のような中心的な「力」を徹底的に批判する存在となれるのだ。
『山梔』のあと、川端康成、尾崎翠、倉橋由美子らを経て、最終的に（本書が書かれた時点まで、という意味での）到達するのが松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』と大原まり子の『ハイブリッド・チャイルド』である。そこでは「男と女」という役割やそして肉体的制約さえ乗り越えられる。
しかし、『山梔』はそういった部分を確かに内包していたように私には思える。それは驚くべきことではないだろうか。
高原英理『少女領域』で取り上げられていた未読本を探したのだけど、見つからないものの方が多い。たとえば龍膽寺雄の『放浪時代』は講談社文芸文庫に収録されているらしいのだけど見つからない。大原まり子の『ハイブリッド・チャイルド』はハヤカワから出ていることはわかったけど置いてない、という具合に（関係ないけどミステリがどこの本屋でもかなりのスペースをとって置いてあるというのに、日本のＳＦはどうしてあんなに虐げられているのだろう？売れないのか？）。そのうち大きな書店に寄ったときにでも探してみることにする。
で、松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』は比較的簡単に見つかった。『親指Ｐ〜』が出たときにこの作者の存在を知ったけど、なんとなく読まずにいた。で、去年は去年で久しぶりの新作が話題になっていたけど、なんとなく手が伸びずにいた。たぶんきっかけがなかったからだろう。
さて、『ナチュラル・ウーマン』なんだけど、かなりよかった。というか、気持ち的にすごく馴染めるというか。『少女領域』でとてもよい批評を読んだ後で、ということもあるだろうけど、少なくともいまのわたくしにはぴったりだ。
内容にはうまく踏み込めないので周囲をひとなでするくらいのことしか言えないけど、セックスに基準のようなものを求めるべきではなくて、それは個々において探求されるべきである、というのにはすごく共感できる。そのことは男根中心主義に対する批判としても成り立つけど、それだけではなくて、「こうあるべき」とか「ふつう」をセックスに持ち込むことを拒否する、というか。拒否っていうよりも、どうしたらいちばん気持ちよい（というよりもぴったりくる、とでも言った方がいいのかもしれないけど）セックスができるかを自分たちで探求すべき、というか。
うーん、少し違うような気もするけど。
でも、主人公たちはそれでも破局を迎えるのだけど。ちなみにここに登場する性愛はいずれも女同士のものだ。それがどのような意味を持つか、ということについては『少女領域』を参照して欲しい。
『少女領域』ではあらすじを最初に掲げてから論じているのだけど、やっぱり作品そのものを読むとそのときの印象とはぜんぜん違う。これは『少女領域』の書き方がまずい、というようなことではなくて、やっぱり言葉、あるいは文章、あるいは散文とは、そういうものなのだ。おそらく、「読む」という行為は、逐次的に意味を変換していく、というようなものではなくて、どうしてほかの言葉ではなくてその言葉が使われているのかということに思いを巡らしたり、言葉と言葉の綾の生み出す幾何学模様を読みとったりするという、かなり複雑な作業の結果生じるものなのではないか。そして、その作業そのものが得も言われぬ喜びをもたらすのかもしれない、と思う
故あって新幹線の中で読んでいたのだけど（ときどきそういうことがあるようだ）、もうなんていうかものすごくよくて、私のために書かれたみたい！という嬉しい誤解をしてしまうような、そんな作品集。
『少女領域』読破計画の一環として『ハイブリッド・チャイルド』を探したのだけど近所の書店にはこれと『アルカイック・ステイツ』しかなくて、とりあえずこれを買ってきて読んだのだった。
もう、いっぺんで好きになっちゃいました、大原まり子が。というわけで新幹線の中でも少しも退屈することはなかったのです。
プイグは二冊目。一冊目は『蜘蛛女のキス』。そういえば『蜘蛛女のキス』の感想はまだ書いていない。あとからでも書ければ書きたい。
しかし、いつものことだけど、裏表紙の作品紹介は私の読んだ『赤い唇』とは似ても似つかない。いやそれは仕方のないことだってことはよくわかるのだけど、あんな感じだとプイグについて何も知らないと手に取らないかもしれないな、私の場合。
で、手紙とか会話とか電話とか告解とか言葉の羅列とかのいろいろなスタイルの文章でものごとが断片的に語られていく。中心にいるのはフアン・カルロスという青年。その周囲に幾人もの女たち（その中には彼の母親や妹もいる）、パンパの中のコロネル・バジェホスという田舎町、友人のパンチョ、ブエノスアイレス、コルドバ・・・そしてピンクと青のリボンでそれぞれ束ねられた手紙の束。手紙の束、と書いただけでなんとも切ない気持ちになってしまう馬鹿っぽいけど（あるいは馬鹿なんだけど）仕方がない。ロマンティックかつクリティカル。ああわたくしはこういうのに弱い。
大原まり子二冊目。これは短編集ではなくひとつの長編。
紀元２８世紀、太陽系での物語。いわば人類を統括するジェネラル・アグノーシア、「宙間航行種族の調停機関の下部組織である、権威評議会」、そして、今ひとつ正体のしれない「アルカイック・ステイツ」の三つの勢力せめぎ合っていて、そこで一人のテロリストがその勢力のバランスを崩し、アグノーシアがどう行動するか、というお話。
「アルカイック・ステイツ」は「古代銀河帝国の、きわめてリアルな蜃気楼」と語られてて、彼らの意図も行動パターンもよくわからないのだが、太陽系のあちこちに突然彼らの「店」ができて、彼らに選ばれた人たちがその店に引き込まれる。「選ばれた」といっても、それがランダムなのか、意図があるのか、ということはよくわからない。勢力間のバランスを崩すことになるテロリストも、その中の一人なのだ。
で、ここからあとがなかなかものすごいことになっていくのだけど、ネタバレになるのでやめておく。ただ、「アグノーシア」という名前には注意が必要だと言っておく。