村松友視（「示見」という文字が出ないぞ）による武田百合子の評伝。
武田百合子とは武田泰淳の奥様だった人で、ところが私ときた日には武田泰淳さえ読んだことがないのだ。読まなきゃ。
でもどこかで武田泰淳の奥様という人がとんでもなく魅力的な人だと読んだことがあって、この本を見つけたときつい買ってしまったのだ。でもなぜかずっと読まずにいた。それがここ最近、家の中に転がっていて読まずにいた本を読むということをしているのだが、それでやっと読むことにしたのだ。
村松友視という人は生前の武田百合子にも武田泰淳にも会った事がある人なのだった。雑誌『海』の編集者になり、武田泰淳の担当になり、それが武田百合子との出会いでもあった。
そのあたりから、周囲の人に取材しながら武田百合子の本質に迫って行くのだが、結局最後まで武田百合子の「色」を絞り込むことはできない。と書いてあるけど、たとえば埴谷雄高を巻き込んだエピソードを読むだけでもかなり幸せになれる。武田泰淳と埴谷雄高である。その二人が武田百合子を仲立ちとしてかなり滑稽なやり取りをするのである。もちろん本人たちは大真面目なのだが、武田泰淳と埴谷雄高という組み合わせでは笑わずにいることは無理だ。
それから、武田百合子が女学校時代に書いた短い文章や詩も掲載されているが、それを読むだけでもかなり幸せになれる。
やっぱり『富士日記』も読まないとね。
中島らもを読むのは初めてだ。これもずいぶん前から家の中に転がっていた本だが、なんとなく手に取ることなくそのままになっていた。なんか最近そんな本ばかり読んでいるような。
語られない理由で配偶者と暮らす家を飛び出し、勤め先の広告代理店や友人の家やカプセルホテルやラブホテルやらを転々としながらしたたか酩酊し、しかもあとがきによればこれ自体が酩酊し、ケミカルでラリりながら極めて短時間で書かれたものだという。
主人公は中島らもその人らしいが、「ノン・ノンフィクション」と銘打つことによって「この話は本当にあったことなのですか？」と問われることを拒否している。それに、実際にあったことだろうかそうでなかろうが、読者に何の関係があるだろうか？中島らもの「手記」として読むことだって可能だろうし、実名登場のでっち上げ話として読む事だって可能だろうし、そもそも両者の差異なんて微々たる物だ。
なんとなく主人公の駄目駄目ぶりが感染してしまい、読んでいるうちにどんどん駄目な人になってしまいたくなってくる。安直な破滅願望ともいえるし、駄目駄目な冒険をしてみたいという欲求なのかもしれない。すぐそこにあるのに見ないことにしていた世界へ足を踏み込んでみたい、という冒険。目が眩むほど魅力的だが、ある意味では秘境を旅するよりもずっと大きなリスクを伴うかもしれない。もっとも、想像する範囲において死より恐ろしいものがない、という場合は別だが。
先日須賀敦子の『トリエステの坂道』を読んだのだが、その中で石川淳の『紫苑物語』に触れるくだりがあった。しゅうとめが家の中に抱えてきたのが紫苑だった。セッテンブリーニというのがしゅうとめのいうその花の名前だった。そのころ「私」は石川淳の『紫苑物語』をイタリア語に翻訳しようとしていて、紫苑をイタリア語のどんなことばに移しかえればいいかと思案していたところなのだった。
そこを読んでいたときちょうど仙台から少し離れた町に向かう電車に乗っていたのだが、それは先月のこと、つまりたまたま九月のことだった。ふと本から目を上げると電車は駅に止まっていて、『紫苑物語』なら家にあるということを思い出した。
私の持っている『紫苑物語』講談社文芸文庫版で、「柄谷行人厳選５０冊」という帯が巻いてある。柄谷行人厳選だから買ったのかもしれないし、『紫苑物語』という題名に惹かれたのかもしれなかった。
石川淳の名前が気になりだしたのはずっと昔のことだ。おそらく七、八年は昔のことだろうと思う。ある場所で、文学全集か何かの一冊と思われる「石川淳」と背表紙に印刷してある文字を、毎日のように眺めていたからかもしれない。
その本を手に取ったことがあったかどうかはよく覚えていない。もしかしたら周囲に誰もいないときに密かに開いてみたことがあったかもしれない。そうだと思えばそんな気もするし、頭の中で作り出したことのようにも思えなくもない。
文芸文庫の『紫苑物語』には表題作の外に『八幡縁起』『修羅』が収められている。『紫苑物語』は和歌の道を捨て、都から離れた地で知・殺・魔の矢を編み出し、領内の人々を際限なく殺戮していく国の守の物語。殺された人の血を吸った地面に、物を忘れさせない草である紫苑を植えさせ、国の守や館の人々が滅んだ後もそれは残る。
『八幡縁起』と『修羅』では実際の日本の歴史が絡んでくる。『八幡縁起』では国のはじめから南北朝時代まで、『修羅』は応仁の乱が舞台である。『八幡縁起』の高師直や『修羅』の胡摩は、どことなく柄谷行人の「マクベス」を思い起こさせるが、もちろんそんなことを考える必要はない（たとえば胡摩の出生に関わるエピソードはそれだけでも魅力的だ）。でもついそう考えてしまうのも私の勝手ではある。
中島らもが入院したときのことをもとにして書かれたらしい。でもまあそんなことはとりあえずどうでもいいけど、主人公の主治医のキャラがものすごくよいのだ。そういう医者に診られたい、ということではないけど。
倉橋由美子のデビュー作を含む比較的初期の作品集。
結構痛い感じの話が多いけど、でもなあ、ちょっとなあとか思うと同時に、あとで『スミヤキストＱ〜』に続くような感じとかがあったりして、その辺がよい感じ。
わたくしなどが、いったい何を言えるでしょうか。
もっともっともっともっと深く、小説を読めるのだなあと、しみじみと思ってしまいました。