books199909
仙頭直美の名前はずっと昔から知っている、ような気がしていたけど、たぶんカンヌで賞を貰うよりも前は知らなかったはずだ。
映画の『萌の朱雀』はまだ見たことがない。ずっと見たいみたいと思っているのだけど、ビデオを借りるのが面倒だという理由で見ていない（そもそもビデオになっているかどうか知らないのだが）。
しかし、少し前にテレビで放送していた。でも、それをその日までぜんぜん知らなくて、慌ててテレビのスイッチを入れたらもう始まっていた。それはおばあさんが台所にたっているシーンで、それを見て、これは絶対に最初から見なくてはならないと思ったので、そのときはそれきりになってしまった。
それとどちらが先かよく覚えていないのだが、ＮＨＫに「課外授業・ようこそ先輩」という番組があって、それに仙頭直美が出演していた。それは最初から最後まできちんと見ることができた。
この番組はいろいろな分野で活躍している人が、その人の母校の小学校で「授業」をするというものだ。「授業」の内容は出演者によって様々だ。
仙頭直美の授業は、ドキュメンタリー映画を作る、みたいなものだった（記憶が正確ではないので多少違うかもしれない）。一回目の授業は校外に出て公園みたいなところで子供ひとりひとりがビデオカメラを持って、単独でインタビューをするというものだった。外国人とか、家族連れとかにカメラを向けながら「どこから来たのですか？」とか聞くのだ。
実際には子供達はなかなか単独行動はできないのだが、中にはすごくシャイな子もいて、仕方なく仙頭直美にインタビューしたりしていた。「名前は？」「好きな男性のタイプは？」などなど。
それから次の授業までの宿題が出される。主題は忘れてしまったけど、家族は近所の人たちにインタビューをして、短い映画を作る、というものだった。
二回目の授業は教室で行われ、ひとりひとりの作品をみんなで鑑賞していく。飼っている亀を追いかける画面とか、夜遅くお父さんがごはんを食べる様子を映したものとか、おもしろかったり、ぐっとくるものがあったり。それに対して仙頭直美がいろいろコメントを付ける。締めくくりは講評。
番組のラストは、学校を去る仙頭直美に向かって子供達がビデオカメラを回す、というもので、学校の外まで子供達はカメラを持って追いかける。
いちばん最後にテレビの画面は子供達のひとりの撮った画面に切り替わる。そして仙頭直美が画面に向かって「実は私のことを愛していただろう？」と語りかけるのだ。
この小説をなにか特別なものにしているのは、主人公の、というよりも作者の「まなざし」なのだろうと思う。それは主人公の父親が自殺した日に撮影したフィルムに見られたのと同じ質のものだ。
実は、私はこの「まなざし」だけで泣けてしまうのだった。だから、最初から最後までずっと泣けてしまっていたのだった。
そして映画の『萌の朱雀』の、私の垣間見たほんの一場面は、その「まなざし」に満ちていた。
最近買い漁っていたバルト本の一冊。この本の原本というのは存在しなくて、文庫オリジナルのアンソロジーらしい。
取り扱われている映画についてほとんど知らなかったので、その意味では読むのはなかなか辛かった。なんか、具体的なイメージが湧かないのだ。対談なんてなんだかちっともわからなかったし。
でも「第三の意味」という小論はなかなかに興味深かった。映画のワンシーンを写真にしたものから三つの意味のレベルを論じていて、（１）情報伝達のレベル、（２）象徴的なレベル、（３）第三の意味、ということで、（１）は普通に読み取れる物語とか人物の関係性とかそういうの、（２）は王に注がれる黄金、みたいなもの、そして（３）はおそらく脱構築（この言葉の意味をよくわかってないんだけど(^_^;)）にもなり得る「意味するもの」ということだろうと思う。
うーむ、なんかこういうのって好き。ホットじゃなくてクールって感じか。次は『零度のエクリチュール』か？
ハッブル宇宙望遠鏡を知ってますか？あの地球上空600kmだかを浮かんんでいる（というか自由落下している）望遠鏡のことです。名前の由来はアメリカの天文学者ハッブルから来ています。
ハッブルの業績としていちばん有名なのは「ハッブルの法則」としても知られる銀河の速度−距離関係でしょう。確か高校の地学の教科書にも載っていたと思います。つまり、遠くの銀河ほど速い速度で遠ざかっている、というもので、いわゆるビッグバン理論の礎をなしたものでありました。
そのハッブルの書いた一般向けの本なのですが、対数や基本的な統計用語しか出てこないとはいえ、誰にでも読める、という感じではないかもしれません。少なくとも私にとって数式をいちいち吟味することはできませんでした(^_^;)。「一般」とはいっても天文学を専門にしていない人、くらいの意味なのかもしれません。
でも当時最新のウィルソン山の百インチ望遠鏡の写真がたくさん掲載されていたりして、それだけでも感動的なのですが、でも一般向けにこれだけ手を抜かずにこれだけの本を書く、というのはそれだけで破格なことであるように思えます。
童話や神話、昔話に倉橋由美子的変換をほどこしたもの。挿絵の小口版画がなかなかよくて、文庫本ではなんだかもったいないような気がする。できれば美しい装丁の本で持っていたい。
内容は読んでもらってのお楽しみとして、個人的にはカフカの『変身』をもとにした話が好きだった。空を飛ぶザムザ！には思わず笑ってしまった。こういうのはすごく好きかもしれない。あとは人魚姫の話とかも意地悪くてでも切なくて好き。
佐藤亜紀のエッセイ集。おもしろいっつーか、やっぱり佐藤亜紀は大好きだ。
たとえば、
首都圏の通勤電車を味わってもなお「南京大虐殺はなかった」を信じるのは難しい。ニッポンのおやじには、ジュネーブ協定の遵守はおろか人間としての最低限の仁義さえ望めない。これはもう、事実の有無以前、人としての在り様の問題だ。
とか。私もそう思うぞ(笑)。
溜飲を下げる、ってのはなんか下品だけど、この本を読むと、どうしてもそうなってしまうのだった。
最後の「戦争について」なんて万人必読だと思う。でもこれを読んでＯＫな人って、いまの不景気日本ではあんまりいないかも、なんてちょっと悲観的になったりして。
ずっと読みたいと思ってた本。文庫化されてすごく嬉しい。さすがは文芸文庫。でも最近品切れも多いみたいでちょっと悲しい。
内面について非常に興味深い箇所が会ったので、ちょっと長いけど引用します。
一つの自己は一つの言語に閉じこめられているのだろうか。外国語であれ、専門語であれ、べつの言語を喋ろうとするとき、由岐子は自分の人格を形づくっている諸々の要素が配列を変え、また待機中の要素と入れかわって、自分がまったく違う人格になるのをいつも感じていた。慣れない言語を喋るとき、由岐子の自己は生まれたての雛のように脆く、ふらついた。そしてそれと同時に、自分がなじんでいる沈黙の言語で築き、鍛えたはずのあの内面と呼ばれる体系は雲散霧消してしまうのだった。それは新しい言語で無から築き直さねばならないものだった。一つの言語から他の言語へととび移りそこねて失語症の苦痛を味わったことのある人間は、おそらく内面などというものは実在しないことを知っているはずだった。それは言葉が組み上げる比喩のやぐらにすぎないのだった。語彙が少なければそれだけ自己は単純で、幼児のように頼りなく、また暴力的だった。
ここから内面について考えることは必ずしも正しいことではないかもしれないけど、「一つの言語から他の言語へととび移りそこねて失語症の苦痛を味わったことのある人間は、おそらく内面などというものは実在しないことを知っているはずだった。」というのはそういう体験をしたことのない私にも、切実なものとして感じられるのだ。というか、実は内面なんて実在しないんだよ〜ん、と思って暮してる私としては、その証拠を見つけたようで嬉しいのかもしれない。
最近自分の内部でいろいろ思いあぐねることがほんとにばかばかしく思えることがあって、それはもしかしたら「日本語」（っていっていいのかな？）が「世界」であることに乗っかっていて、しかもその内部には可視のものであれ不可視のものであれいろんな体系があって、その体系に沿って「考える」ことがたまらなくイヤになった、ということなのかもしれない。
それから日本人が外国文学を専攻するということの意味、ということに触れた下りがあって、たぶん今の私たちはそんなことをあんまり考えないのかもしれないけど、それはグローバルな視野を持つようになったから、というのじゃなくて、結局はドメスティックにしか生きられないよっていう諦観のようなものためかもしれない、なんてことも無責任に思ってしまったのでした。