つよし（みー）氏がニフティサーブ（当時）文学フォーラムに姿を現したのは１９９６年春のことだった。そして「生まれてはじめいて書いた」という小説「弱き者たち」をいきなり連載し始めた。それはいわば「哲学する草食動物」の物語で、やや冗長のきらいはあったものの（冗長でどこが悪い！と今の私ならいうだろうが）、小説を書き始めたばかりの私にショックを与えるには十分な作品だった。
そして同じ年に、初期傑作というべき「工場」を、約半年の期間をかけて執筆、発表したのだった。原稿用紙百枚を超える、オンライン小説としてはかなりの長さだったが、それでも当時かなりの人たちがこれを読み、多くの感想を寄せたのだった。
今読み返してみても、すばらしい作品だ。長いのでオンラインで読むのは少しきついかもしれないが、その場合はオフラインで読んでいただければと思う。
高橋、という不器用な人間を主人公に据えて、ある工場での消え行きつつある部署での人間模様、とでもいうべきドラマが進行する。しかし実際にはドラマティックな事件はほとんど起こらずに（起こってもすぐに沈静化してしまう）、淡々と時間が過ぎていくのだ。
特筆すべきは、人間の善的な部分とそうでない部分を両方描いて、それを作者が得意がっていない、というところだと思う。「告発」というものがまったくないのだ。たぶんその点において、いわゆるリアリズム小説とは微妙に（いや、かなり）違ったものになっているのではないかと思う。
「ガレージ」はその翌年書かれた作品で、日記の体裁を取った繊細な作品だ。特に筋というものもなく、また、一定の書かれ方もしていない（やや時間的な隔たりがあるためかもしれないが）。今回改めて読んでみると、新境地、というよりも「工場」の延長にある作品であるように思われた。
なお、（３）と（５）はクオリティが十分でないという作者からの申し出により掲載を見合わせた。
つよし氏は当初から実験的な作品を数多く書いていたが、最初期の作品はいまでは満足のいく出来ではない、ということで、掲載しなかった。そのかわり１９９７年以降の、それまでとはやや趣の違った作品を収録した。
「妖宴」という作品は、ファイルを開いてみればわかるが余白を読む作品だ。このテクニックは後の「月刊つよりん」に引き継がれる。
「月刊つよりん」はオンラインマガジンという形態をしているが、もちろんつよし氏ひとりによって書かれたものだ。
「んむ゛んがくん」「ろくめいかん(Rx)」「さいとう」は「月刊つよりん」が書かれたのと同じ時期の作品で、どれもとてつもなく面白いが、「工場」を書いたのと同一人物が書いたとは到底思えない。
「山下くん」はそれらの作品の延長上にある作品で、少々残念なことに最新作でもある。これ以後、完成された作品は発表されていない。
「山下くん」には私の書いた（２）も掲載した。そうしないと登場人物の関係性がよくわからないのでそうしたのだが、並べてみるといかにも見劣りする。まあ仕方のないことではあるが。
「山下くん」（３）はつよし氏が新宿で決死の取材をした成果である。そのあたりもじっくり味わって欲しいと思う。
とにかく、なんというか、これらの作品がひとりの人間によって書かれたことは驚嘆に値する。余人には到底真似できまい。
しかし、つよし氏にはそろそろ新しい作品を書いて欲しいものである。
まいまい