「人形の森」（六）

　狭間会の事務所前を通り、そのまま住居兼事務所へ帰った宗佑に、光は早速絡んでみた。
「とーちゃん、もうわかったんだろ？」
「何が？」
「痴漢とＧパン狩りの関わり。教えろよ」
「えーっ、お前に教えてもカネになんないしぃー」
　さんざん軍資金を巻き上げられた仕返しをすると、敵もさるもの、ひっかくもの、にこりと微笑んで言った。
「アンタのオンナ全員に、息子からの挨拶状出すぜ」
「・・・血も涙もないヤツめ！それでも血の通った息子なのっ？！」
「あんたの『息子』に聞いてみたら」
　冷ややかに切り替えされ、宗佑はぐっと詰まった。
　今時の中学生は、これくらいのことを簡単に口に出来るものなのだろうか？少なくとも宗佑が光の歳くらいの時は、そんなこと、たとえ男でもあまりおおっぴらには口に出来なかったのに・・・。時代が変わったのだろうか。年寄り臭いことを考えながら、宗佑はしぶしぶと口を割った。
「尻には何がある？」
「・・・穴」
「そうじゃなくて！Ｇパンの尻には何があるってきいてんの！」
「だったらそういえよ、紛らわしい。ええと、尻に？」
「痴漢が撫でるのは、尻なんだろう？女の子を触る時みたいに、胸を触ったり、手ぇつないだり、しないんだろ？」
「あ・・・ポケットか。尻ポケット」
「痴漢に狭間会が関わっているのは多分、確実だと思う。じゃ、なんでヤー公が痴漢なんかしなきゃならないのか、って問題だ」
「Ｇパン狩りに関係しているらしい。組員総動員で、やってることだから・・・そうか、パシタが売ったＧパンがどうしても必要なんだ。絶対に取りかえさなきゃまずいんだ。エンコ詰めじゃ間に合わないほど・・・」
　宗佑は軽く頷いた。
「Ｇパンに、何か大切なモノを入れたまま、売っちまったんだ。尻のポケットにな。おそらく、縫い込めてあったんだろう」
「じゃあ、それは何？大きなモノだったら、売りに行く前に女だって気付いただろうし、買った古着屋のオヤジも、買った『若い男』だって気付いてたはずだよ」
「チャカだったら、とっくにオヤジのところで大騒ぎになってる。だが実際は誰も気付かなかったし、それに、入れてあるところを考えてみろ、尻ポケットだぞ。座ったら、必ずケツの下敷きになる場所だ。下敷きにならなくても、曲がってしまう。固いものはまずダメだな」
「小さくて、薄くて、折れ曲がっても平気なもの・・・」
　軽く首を傾げて考えていた光は、しかしそう長くはない時間で、ぱっと顔を上げた。
「割り符だ・・・！」
「そんなところだろうな。写真やネガなら、そんな所には隠さないだろうし、組を挙げて探し回っているところをみると、ヤクの取り引きの時に提示される割り符の類ってところだろう」
「それで、似た色合いのＧパンをはいてるヤツの尻を撫でて、割り符が隠してあるかどうか、確かめてたのか！」
　ばかばかしいというか、間が抜けているというか、何と言おうか・・・麻薬の取引に使う割り符を紛失したということは、確かに組にとってはこれ以上ない深刻な問題なのだろう。それは光にも容易に推測できる。だが、そのために、いつもは肩で風を切って、善良な一般市民を怯えさせているヤクザが、こそこそと電車の中で若い男の尻を撫で回すのに精を出していたというのか。もし捕まれば、女性をターゲットにした痴漢よりも一層惨めな想いをすること請け合いの犯罪行為。
「・・・ぎゃはははは・・・！！」
　光は突然、腹を抱えて笑い出した。
「どうした、光」
「だ、だって、とーちゃん、想像してみろよ！ヤー公の痴漢、それも男相手だぜ！本気で男が好きなのならまだしも、ヤクの為っていうのが、笑えてさ・・・！！」
　確かに、おかしいけれど。確かに、失笑モノの出来事ではあるけれど、そこまで爆笑できるのもまた、不思議だ。十四歳の少年の感覚には、既についていけなくなっている。
　トシなんだろうか。いや、まだそんなことを考えるのは早すぎる。一人で悶々と悩んでいると、あっさりと爆笑を止めて座りなおした光が、再び尋ねた。
「でさ、とーちゃん、どうすんの？」
「決まってる、売る」
「割り符を？」
「・・・俺はお前ほどワルじゃねえぞ。涼子に、情報を流す。しかも、割り符目当てのヤクザどもを一カ所にまとめて一網打尽だ」
「恩を売るってわけだ」
「そうさ。大体、青春のアヤマチくらいのことで、いつまでもネチネチやられてたまるかっての」
「嘘つけ」
　光はくすりと笑った。
「隠すなよ」
「・・・何を」
「見返り、しっかりいただいときなよ、とーちゃん」
　思わず黙り込む宗佑。　こいつ、鋭すぎる。どこまで知っているのだろう。しかし、それ以上の沈黙はさらなる疑惑？を招く。宗佑は嬉しそうににんまりと笑った。
「当たり前だ、食らいついたら放さんぞ」
「スッポンかい、アンタは！」