「かみい」に会わねば。
そう思った。
私の震える手には、「かみいゆう」の作品、「栞」「仮面の告白」「人形の森」のナマ原稿が握りしめられており、立て続けに一気に読み終えた今、私はどうしても「かみい」に会わなければならない、と思ったのだ。
理由なんてわからない。
いや、理由なんてどうでもいいのだ。
理由なんて後からでもどうにでもなる。
私はHAMMER SMITHに電話して、「かみい」との会見の手はずを整えてもらった。私は言った。
「今すぐに会いたいのだ」
電話を切ってタバコを一服しているとすぐに返事の電話が来た。
「今から３７分後にｋ駅の南口の大通りを東へ向かってそこから数えて３つ目の、信号のない路地を右に入って、角から４軒目のお惣菜屋の前の電話ボックスの中で待て」
私はHAMMER SMITHに礼を言って、「かみい」の作品のナマ原稿を握りしめたまま、雨降る街へと飛び出した。
傘もささずに私はひたすら走った。
「かみい」の原稿をかばいながら思いっきり走った。
か、かみい……。
指定された公衆電話ボックスに駆け込んだのは、HAMMER SMITHとの電話を切ってからちょうど３６分後だった。私は濡れた前髪を掻き上げ、このゲームの続きを待っていた。
すぐに目の前の電話が鳴った。確かに「３７分後」だった。
「もしもし」
私は緑色の受話器を耳に当て言った。
電話の主はすっかり黙りこくっていた。
「もしもし……か、かみいさんですか……」どもりながら私は聞いた。
「……ソウデス」消え入るような微かな声で、電話の向こうの「かみいゆう」が答えた。
無機質な声だった。まるで、人間の声じゃないような……性別も、年齢も、何もかも全く読みとることができないような声だった。
しかし、それから、電話の向こうの「かみいゆう」は沈黙していた。
私もつられて沈黙していた。
言葉が出てこなかった。聞きたいことや言いたいことが山ほどあるはずなのに、私の唇は完全にフリーズしてしまったのだ。
い、いかん。
このままでは「かみい」に電話を切られてしまう。
そ、そ、そしたら、わ、私は……。
焦っていた。
非常に焦っていた。
だから、とんでもないことを聞いた。
「あ、あの……好きな食べ物は何ですか？」
ああ、何という……こんな事聞きたいんじゃない。
でも、「かみい」はやはり無機質な声で、ちゃんと応えてくれた。
「魚介類です。ウナギとナマコ以外は大抵全部好きですが、特に好きなのはエビです」
そして、また、沈黙。
う……どうすればいい……ピンチ。私は泣けてさえきた。
「あ、あなたが書く小説は、わ、私を……」そう言いかけたときに、ふと、路地の先に、黒い大きな傘をさし、全身黒づくめの服を身につけ、黒い帽子をかぶって、こっちを見ながら携帯電話を耳に当てている人影を見た。
あれは「かみい」だ。
間違いない。
私は、緑の受話器をほっぽりだしてボックスの外へ出て、その人影の方へと駆け出した。か、かみい……。
しかし、その人影は私の気配に気づき、全く信じられないことに、一瞬のうちに消えてしまったのだ。まるで煙のように消えてしまった。
そんなバカな……。どこへいった？
ああ、こんなとこで取り残された私は、どうなるのだ、か、かみい……き、きみは……私は一人、雨の中で立ちつくしていた。「かみい」の原稿もびしょ濡れになってしまった。
そして、ゲームは終わった。
私は失意のまま家に帰って、自分の濡れたカラダを拭くより前にヘア・ドライヤーで大切な「かみい」の原稿を乾かしながら、思った。
あああ、冷静になってみれば、話したいことはたくさんあったのに。この３作品の中で描かれているキャラクターの設定の妙やら、さらりと読めるのに味わい深いエンターティーメント性、そうだよな、読ませるんだよな、この人の作品はさ〜、先をしりたくなっちゃう、そして最後に納得しちゃう。やっぱ説得力かな、とにかく、秘訣を知りたかったんだけど、そうだ、「かみい」、私は君の全てが知りたかったんだ。
こんどは、ちゃんとしたカタチでお会いしましょうね。
─了─