天使の翼 モノローグ
ある朝、目が覚めたら背中に羽根が生えていた。
鏡でみたら、ずっと昔に絵本で見た天使の翼のようにふかふかと白い、大きなものだった。肩胛骨のあたりから盛り上がって生えている。
動くのかなと思って、背中に意識を集中したら雛鳥のように微かに羽ばたけた。
どうやら本物のようだった。
昨夜はあんまり暑かったから、パジャマも着ないで寝たんだった。それがいけなかったのだろうか。
鳴き出す前に止めた目覚ましは八時を指していた。途方に暮れる。
だって、これじゃあ制服も着れない。
学校に行けない。
折角、今まで皆勤だったのに。
ぱたぱたと廊下を歩く母さんの足音が聞こえた。きっと起こしに来たんだ。
慌ててベッドに戻り、タオルケットを引き被る。
「どうしたの？もう八時よ」
母さんがドアを開けて大声で言う。こんなに狭い部屋なんだから、もう少し静かに言ってくれても聞こえるのに。
「今日は学校行けない。休む」
「具合悪いの？お医者さんに行く？」
「寝てれば治る」
と、思いたい。
「そう・・。学校へは連絡しておくわ」
母さんはあっさりとキッチンへ戻っていった。自分も会社に行かなければならないから忙しいんだ。父さんはとっくに満員電車に詰め込まれてるころだろう。
母さんの気配が完全に消えるまで、じっとしていた。
しばらくして。
起きあがり、もう一度鏡で背中を見た。
見ながら、ゆっくりと羽ばたく。だんだん早く。
飛べるのかな。
そう思ったら、少し身体が持ち上がった。風で机の上に乗っていた数学のプリントが部屋中に散らばった。
窓の外には空が、ない。
マンションの八階ぐらいじゃせいぜい、隣の棟の八階が見えるだけだ。
上半身裸のままベランダに出て、柵から身を乗り出した。見慣れているはずなのに地面がずっと下に見えて少し恐かった。
でも、背中には大きな天使の羽根がある。
何も恐くはない。
柵の上に立って、翼を広げた。
大きく羽を広げる。
ふわり。
身体が浮いて、足下に何もなくなった。空を見た。朝早いから、まだスモッグも出ていない。
ああ、きれいだな。淡くて深いブルーだ。
背中の翼はどうなったんだろう。さっきから、羽ばたこうとしているのに、何も感じない。
ゆっくりと淡い空が遠ざかっていく・・・。