あとがき

　すかいわーるどの中心を流れる作品群に「伊吹三郎太シリーズ」がある。今回収録されている『きつねつき』をはじめとした、いわゆる退魔ものである。普段は反物長屋の住人でガマの油売りを生業とする飄々とした浪人・伊吹三郎太が、いざ事件となると凄腕の陰陽師という裏の顔を現し、魑魅魍魎たちを一刀両断、見事調伏してみせるという痛快なシリーズだ。時代物というオンライン作品にしては少々異色のジャンルを扱いながらも、豊富な知識を元にしっかりと描き込まれた安定感のある世界と、小気味よい文体、そして魅力的なキャラクターたちの織りなす淀みないストーリーに対する評価は高い。
　このシリーズの最大の特徴は“様式の美”にあるのではないかと私は考えている。シリーズを通して貫かれる、「突如日常を揺るがす怪異の前兆～事件の勃発～それを見事裁く主人公の見せ場～そして爽やかな読後感と余韻を持たせるエピローグ」と流れるように進行するストーリー。そして、日常と非日常、主人公の表の顔と裏の顔との鮮やかなコントラスト。或いは、事件にぴったりと収まるように設えられたかのような数々の名脇役たち。それらのうちに、洗練されたある種の形式を絶妙のタイミングで辿る、あの形式の美学を見ることができないだろうか。透明な軌跡を描きながら絶えず先行する“様式の物語”を、ぴったりと寄り添う“実物語”が阿吽の呼吸で舞い縋る。予兆が次第に輪郭を露わにし実体化するその瞬間に、読者は得も言われぬ快感を味わうのではないだろうか。予感することの快楽と、成就されることの快楽が、そこには同時にある。賑やかな市場で朗々と張り上げられる三郎太の売り口上を聞きながら、これから繰り広げられるであろう闇の怪異に思いを馳せる快楽というのも、確かにそこにあるのだ。
　形式の美はとかくマンネリズムに陥りやすいものだと危惧するものもああるかもしれない。しかし、すかいわーるどにおいてはその点は無論心配無用である。マンネリズムが覆い尽くすことの出来ないほどの数多くの魅惑が、この世界には詰まっているのだから。例えば、決して前面には現れてはこないが、一連の作品の根底を密やかな情熱を持って流れている要素として“色”というのが挙げられるのではないだろうか。それは「色気」というよりも「色香」といった方がふさわしいような、魔性の“色”である。ことに、艶やかで酷薄な美声年の魅力──。『月夜叉』の妖しくも美しい主人公は言うまでもなく、『きつねつき』に登場する青年僧・慈音に対する幾つかのさりげない描写の中にも、密やかな色気が感じられるような気がしてならないのは私だけであろうか。
　もちろん、妖魅と怪異と禁断の色香だけでは終わらない。『はじまりはいつも雨』や『天使の翼　モノローグ』といった作品には、それらと対極に位置する魅力が詰まっている。柔らかな光線の下で描かれたラフスケッチのようなこれらの作品からは、向日葵のようにどこまでも素直で伸びやかな作者の横顔がちらりと伺えるような気がする。

　ともかく、ここに収録された幾つかの作品を読んでみてほしい。そして、すかいわーるどを魅力をぜひその目確かめてもらいたいと思う。

解説──魅惑のすかいわーるど