月に薄雲かかる静かな夜、宴は行われていた。
淡紅の花咲く桃の木のした、私達は飲み明かしている。洞穴より隠者が顔を出し、興味深げにこちらを覗く。頭上の豊かなる樹冠からは、精霊が不思議そうに私達を見降ろしていた。月光を伝って、天人が降りてくる。神々の参加は、宴をより幻想めいたものにした。
閑寂とした地で、賑さはいっそう目立つ。宴は一層華やかさを増し、神々たちは常日頃の厳粛さを忘れ、桃の木のしたで淫らな舞いを始める。隠者は耐え切れず、洞穴から飛び出して、ついに私達の座にやってきた。天女のなまめかしい踊りを、隠者は食い入るように見つめている。常に闇に身を隠している彼も、今宵ばかりは厭世の衣を脱いだようだ。
ひどく酔った彼は徐々に饒舌になり、立上ってついに私達の前で歌を披露した。いままで閉ざしていたものを一気に放出するように。
さあ友よ、酒を酌み交わそう
一夜限りの友よ
朝日の昇った後には、二度とまみえることなき美しき友よ
刹那の出会いゆえに私達は美しい
天女は舞う、嬌羞の踊りを
ならばその返戻としてこの隠者は、郷愁の詩をうたおう
この隠者、家族を捨て、友を捨て
全てに絶望し、ここに身を隠す者
故郷を思えど、帰る意思無し
口を閉じて、人と交える事一切せず暮らしてきた
しかし今宵は、沈黙を破ろう
あなたがた、聖なる者達の宴に心を開こう
耳朶に触れるは森羅万象、喜びの詩
酔いをもって、私に神秘の力を解放させよ
弦月はやさしく、霊妙な光を与える
青き光に心踊らせよう
さあ友よ、友に青き光に身を委ねよう
さあ友よ
一気に歌い終わると、隠者は気が抜けたように座り込んだ。私は彼におそるおそる酒をついだ。隠者は親しげな目で私を見つめ、礼を言った。続いてこの歌に呼応するように、桃の精霊が樹幹から降りてきて歌いだした。
昼は暗く、夜は眩しい
眩い月明かりに力を与えられたこの我が身
この私、精霊が隠者の歌に応えよう
自由自在に空を疾走し、若き男の心に入り込むは私の愉悦
彼らに欲望の芽を萌芽させ、奸計おこさせるが私の生きがい
男たちは女をものにし、女たちはなすがままになる
しかし女たちは全て知っている
男の力、この精霊たる私の力によるものを
男たちの無力さ、知悉した賢者たちよ
汝、女という
その下半身で男の夢膨らませよ
さすれば、この世に身を隠した男も再び姿を現すであろう
隠者も気づくであろう
現世の素晴らしさを
歌は次々と引き継がれる。こうしてずっと宴は続き、泥酔した私もついに歌う。彼らに感謝の念を込めて。
聖なる者たちよ
私は誓おう
今宵の宴、かならず書き留め、世に残すことを
霊力なき私は出来ること、この神秘を書き留めることのみ
人は創造できぬもの
人は既に創造されたものを、有限な想像力の筆で描写するのみ
なんという、愚劣な生き物
嗚呼、なんと嘆かわしきこの存在
私はただあなた達に、憧憬するだけ
願わくば、来世ではあなたたち神秘なる者になりたい
願わくば、感じるものでなく感じさせるものになりたい
私は感謝する、ここに参加できたことを
私はこの夜を決して忘れない
やがて夜明けが来た。啓明と鶏鳴、共に神秘なる者たちに眠りの時間が来たことを告げる。精霊達は葉蔭に、隠者たちは丘壑に再び戻り、神々たちは天に昇った....
朝露に濡れ、私は独り杯を手にしている。頭上の桃の木は、花がいつの間にか散り、青々とした緑で覆われていた。
辺り一面、霞が渡る朝だった。