ジンバブエ

「そうだ、ジンバブエに行こう！」
　どっかのＣＭみたいに高らかに叫んだ私は、世紀の美脚アイドルと比べてしまえばずいぶんとるに足りない地味な存在だったのだけれど、１８歳という生命力そのものの持つ輝きとかパワーとかそういうものに満ちあふれていて、おまけに飲み慣れないアルコールのマジックにかかって絶対無敵で誰にも負ける気がしないくらいいい気分だった。死神みたいに照りつける太陽と、カサカサに乾いた大地のひび割れが今にも目の前に迫ってきそうなリアリティを持って私の脳髄に秩序のない現代にミスチルみたいにドロップキックするともういてもたってもいられなくなって、斜め前の席で突っ伏して眠ってるミキオに向かってポップコーンを豆まきみたいに思い切り投げつけた。おにわさとぉ！！顔を上げどろんとした目つきで左右を見た後、再び撃沈したみたいに眠りこけるミキオ。なんという情けないオトコだ。私は今度は枝豆攻撃を加えてみる。コラ、カルシウムが足らんのだぁ！がしゃんというコップの倒れる嫌な音。うう、何かお腹のあたりが冷たいぞ。隣にいるマッキーが慌てておしぼりでテーブルとか私の洋服とかを拭いてる。やれやれ、この子には困ったモンだね、みたいな顔して一瞬リョウと視線をかわす。気付かないとでも思ってるのかい、あたしゃぜんぶお見通しなんだよ。たまにゃあたしにもハメはずさせておくれよマイフレンズ。誰も彼もいい加減疲れ果てて誰も歌ってないカラオケのモニターにはよくわかんないバイクのレースシーンが流れてて、そういうのを見てるとなんだかお祭りが終わっちゃったみたいですごく切なくなってきて、私はアツシのケツの下に敷かれてた曲の本を無理矢理引き抜いたんだけど、それはなんと飲み物とかのメニューだったのだ。がーん。仕方ないからファジーネーブルでも頼もうかと思ってた私にケンタロウが曲の本を渡してくれる。やたらと気ィまわしすぎるヤツってのも気色悪くて嫌いなんだけど、まあ今回だけは特別に大目に見てやるとしよう。モリタカ、モリタカ……懸命に探し続けるあたしの目に飛び込んでくるのはわけのわからないカンコク？の文字。うおー、こんなもんわかるかい！ケンタロウめがけて役に立たない本を放り投げると、私はリモコンをひっつかみ適当な番号を入力した。ちょっとしてからタイトルが浮かび上がる──『天城越え』。なんかしらんけど、ばりばりのド演歌だ。しかし今の私に不可能はなぁい！テーブルの上に放り出されてるマイクをつかんで、どうにか画面の前までたどり着く。２、３度コケたのはご愛敬。画面をみると何か変な鬼のお面をかぶった女の人が舞ってる。歌詞がよく見えない。ついでに音楽もよく聞こえないぞ。でももしここで引き下がったらアタシのコケンにかかわると思い、大きく息を吸い込み歌い始める。「８時ちょぉぉどのぉ、あずさ２号ぉでえぇ、わたしはわたしは旅立ちぃますぅぅ！！」なんか違うかもしんないけど、歌は心、あたしのハートは三国一よ。ああ、それにしてもモリタカはどこへ行ってしまったの？あたしはジンバブエに行きたいのよ！照りつける太陽に思いっきり焼かれたいの！天井にあるちゃちなミラーボールに溶岩みたいなジンバブエの太陽が重なって、あたしは浅間山荘をぶっ壊した鉄球みたいに暴力的な眠気に昏睡させられた。眠る前にひとこと行っておかなくちゃ。あたしはジンバブエに行くんだって。でもあたしの口から出てきたのはカンコク語みたいなワケのわかんない言葉だったとさ。

　高速道路の継ぎ目のぼこぼこのリズムで私は目が覚めた。タクシー特有の変なニオイの空間の中、あたしは誰かに抱きついてた。ちょっとどきどきしながらこのまま寝たフリしようかどうか酔っぱらったアタマで懸命に考えてたんだけど、よくよく冷静になってみるとディオールの匂いぷんぷんさせてるオトコなんているわけがなかった。「……おはよう」コトバ以外のモノをたっぷりと含んだマッキーの声と目。す、すまねぇ、マッキー。４月から社会人やってるマッキー姉御にとって、休みってのはガクセイのあたしとは比べものにならないくらい貴重なモノのはずだ。そのクールで冷たいおめめには「ひさびさにリョウとよろしくやるつもりだったのに、この大ヨッパ娘が！！」とはっきりと書かれていた。「うう、ごめんなちゃ～い」他に取るべく手だてはなく、あたしはとりあえずかわいらしくマッキーに抱きついた。鏡ごしにニヤニヤ見てるくそ運転手がちょっと気になったけどあたしにはマッキーの方が大事だ。それからしばらくして、あたしの頭にぽんと無造作にマッキーの手が置かれたとき、あたしは心の底から本当に嬉しくなって、バカみたいだけど涙が滲むほどほっとして、思わずマッキーの体をぐいぐいと抱きしめてしまった。
　そのあと、バカみたいな涙目でタクシーの中から見た夜景は今まで見たどんな宝石よりも綺麗でぴかぴか光っていたので、あたしはジンバブエのこともすっかり忘れてしばらく呆然と魅入っていたのだった。