「上申書」あとがき
田中昌仁
人生は誰にとっても一回きりのものだ。その人生はおそらく誰に取っても、いつのまにか産まれてしまっていて、気が付いたら、それぞれに抜き差しならない固有の状況の中で生きていると言う形としてあるものだろう。
その抜き差しならない状況は、自分のせいだったり、人のせいだったり、あるいは偶然のせいだったりするのだろうけれど、それでもそれは、もうこうやって考えているこの時点では、どうしようもないものとしてあるものだ。
しかし、例えば、産まれた時点に戻ってやり直す事が出来るのだとしたら、その抜き差しならない状況を今とは違うものにする事は出来るのだろうか。
幻の歌手、森田童子の詩の一節に「人生がもう一度やり直せるとしたら、どんな生きかたが可能だろうか」と言うような意味の言葉がある。
この問いに有効な答えはあるのだろうか。この時点での、この抜き差しならない状況は、もう一度やりなおす事で、変わるのか。それとも変えようとするべきなのか。
今、ここにこうしてある抜き差しならない状況は、しかし、その人自身の総体の結果としてあるのは間違いはないだろう。だとしたら、それはたとえ何度やり直した所で、こうなるものとしてあるのではないだろうか。やり直した所で、しかし、結局はこうなるしかないもの、と言うのは敗北ではないはずだ。
そのような必然的なものとして抜き差しならない状況があると言う事は、絶対的に固有なものとして「生きる」と言う事を認める事だ。
ぼくはどこまでもこの絶対的に固有な「生きる」と言う事にこだわっていきたいと思っている。
そういう事を考えながら書いたのが『上申書』でした。
「ジミ・ヘンドリックスと全てが繋がった夜」あとがき
sexyセディ
突然だけど、あたしにはあなたの将来が見えます。
そう、あたしには、あなたの未来が手に取るように分かるのよ。ねぇ、知りたいでしょう、ふふふ。自分の未来を知りたいと思うでしょう、ねぇ。
未来のことだけじゃないわ。あたしには、あなたの未来が分かるのと同時にあなたの過去だって、難なく分かってしまうのよ。
それは、なぜだか分かるわね。
あたしには、天界にあるアカシック・レコードの内容をあなたに知らせる義務があるのよ。どうしてなんて聞かないで。それが運命だし、あえて理由付けなんて……する必要もないわね。分かっているでしょう？
信じようと信じまいとあなたの勝手だけど、一つだけ、あなたに教えてあげるわね。あなたの次なる、運命の双六の、あなたがとまるはずのマスに書いてあるメッセージ。それは……、
『やっぱり、運命にゃ逆らえないな』
「ジンバブエ」あとがき
此岸草
日常の何気ない瞬間、ふと気が付くと思考が意識と無意識の境界あたりの無法地帯をさまよっていたりします。ようするに端から見るとほけーっとしている状態です。そんな時に頭の中でいつの間にか物語が生まれ、リアルタイムでどんどん進んでいってるということがあります。それは夢ほど制御不能ではないけれど、すべてを意のままに動かせるというわけでもありません。ただ勝手に流れてゆくのです。それを僕はやはりほけーっと楽しんでいるのですが、意識の周辺で生まれたカゲロウのように儚い物語なので、すぐに袋小路にはまりこんでしまったり、流れがよどんで途切れてしまったり、また、順調に流れていたはずなのに唐突に力を失い跡形もなく消えてしまうこともあります。
この作品はそうした未熟な切れ端のような物語たちにもなんらかの形を与えてあげたいと思って書いてみたものでした。具体的には、まず思考のアナーキーゾーンを意図的に発生させ（ようするに酒を飲んだ）、冒頭にイメージを喚起しやすい一文をあらかじめ設定し、あとはできるだけ浮かんできたヴィジョンに忠実に（あまり細かいことは気にしないで）とにかくキーボードをぶっ叩いてゆくという手法が取られました。実際にはふたつの物語（書かれ得る物語と書かれ得ない物語）の間にはやはりどうしても微妙な隔たりが出てしまうのですが、それもまたなかなかに趣深いものであるように思うのです。