後三日でバレンタインデーの今日この頃、みなさまいかがお過ごしですか？わたしはブルーです。思いっきり。何だか知らないけどバレンタインデーの前後からホワイトバレンタインくらいまで、いやもう少し先の桜が開花するくらいまでの今頃、精神状態が思いっきり不安定になったりする。
そんなことはどうでもよくて、どうでもよくないか。去年くらいから人生ケチの付きまくりで、もう生きるだけ生きてるんだから早くお迎えが来ないかなって祈りというよりも呪いを日々天に向かって投げかけているわたしは三十半ば。仮に寿命が七十だとすると折り返し点。でもその寿命がぐぐぐっと手前にやってきて、余命後半年、なんて言われたら、どんな気分になるんだろう。焦りまくって自殺するかも知れないし、逆に殺しまくるかも知れない。でもいちばん可能性として高いのは、手をこまねいているうちにその日が来てしまうというもの。そのときになって、この世で見るべき美しいものをまだ見ていないとか、そういう悪あがきをするんじゃないかって気がする。でもそのまま死んじゃうのだ、きっと。かねてからの望み通りに。
こないだ友達の男の子に――男の子っていってもわたしと同じくらいの歳だからおじさん、と言った方が当たってるかもしれないけど――バレンタインデーは女の人の方が楽しそうだよね、だって贈り物はされるよりもする方が楽しそうだもの、それにあちこちの有名なお菓子屋さんが一斉に売り出すきら星のようなチョコレートをなんのためらいもなく買うことができるもの、と言われた。彼はそういうとため息をついた。はあ。そのときの彼の目が忘れられない。潤んだ大きな瞳と長い睫毛。そう、彼はチョコレートジャンキー。今度一緒にチョコレートを買いに行こう、というと心から嬉しそうな顔をした。わたしもチョコレートは大好きだから、その気持ちはよくわかる。
でも別にその彼にチョコレートを上げる気はない。チョコレートジャンキーにその気もないのにバレンタインデーにチョコレートを上げるというのはなんだか危険そうな気がするから。「ああ、まいまいはぼくのことが好きなんだ」という程度の誤解なら別に構わないけど（というかそういう誤解はときどきして欲しい。楽しそうだから）、ジャンキーにその存在理由となるものを献上するというのは、もう少し別な意味を持ちそうな気がして。それがどんな意味なのかはとりあえず置いとく。めんどくさいから。
今日現在バレンタインデーにチョコレートを上げたい人はいない。上げてもいい人はいるけど。っていうか男友達にチョコレートをばらまいてもいいかなって思う。でもそんなことしても楽しいかっていうとよくわからない。たとえば嘘つきで有名なＲという友達にチョコレートをあげたら喜ぶかもしれないけど、「まいまいさんのくれるチョコレートだから、モルヒネくらい入ってても不思議はないね」とか言われそうだ。何故モルヒネか、というのはともかく、それはそれで少し悲しいかも知れない。でも悲しいのはわたしだけに違いなくて、ほかの人たちをそこそこ幸福にしてしまうだろう。だとしたら余計に悲しいではありませんか。
だからバレンタインデーなんてわたしには関係ないよって過ごしてきたし、これからもそうやって過ごすと思うんだけど、三十代を過ぎて四十代になったとき、ものすごく寂しいんじゃないかって気がする。わたしのそばには誰もいない、ってわけじゃないけど、やっぱり寂しいだろうなって。友達はいると思うよ。わたしはそんなにたくさんの友達を持っているわけでもないし、あんまり友達が多くても疲れてしまう。変な言い方だけど、友達関係のメンテナンスに非常に神経を使うので、そんな必要はないってよくいわれるけどそうしないではいられないのだけど、ある人数を超えるとパニックを起こしてしまう。そんなことはどうでもいいけど、友達がいてくれるのはとてもありがたいことだなって思う、心から。
あるときまではいわゆる血のつながりによる家族にわたしも属していた。っていうか一緒に暮らしている家族が。誰かと一緒に暮らすってことはそれが肉親であってもそれなりに鬱陶しいものだけど、いざ誰もいなくなってしまうとそれはそれで寂しいものだ。ということに気付いたのは、たぶんここ一年くらいのことかな。
この春で、おやじ（父親のことをそう呼んでいたんです、なぜか）が死んで十年、ママ（母親のことをそう呼んでいたんです、なぜか）が死んで五年。どちらを看取るときも身の細る思いをしたけど（端から見るともっと壮絶な感じがしたらしいけど）、死んだ後はせいせいした。というと人でなしって思われるだろうけど事実だから仕方がない。だってほんとに大変だったんだから。嘘だと思ったら何年か病人と付き合ってみるといいよ。
でね、たぶん去年くらいから「誰もわたしのそばにいてくれない」って思うようになったの。いや、頼めばいてくれるよ、友達は。でもね、友達は友達であって、ある種の距離を持った対等な関係じゃない？違う？でもわたしはそんなふうにしか付き合えなくて。やなやつって思われるなら仕方ないと思うよ。でもどうかわたしのもとを永遠に去ったりしないで欲しいんだけど。会うのと文章じゃまるで違うって思うかも。
人にさんざんバカにされながらも思わず小説とか詩とか書いちゃう人ならわかってくれると思うんだけど、書き言葉の上では自分でも不思議なくらい大胆になれるんだよね。だから実際あったときに「元気？」って聞かれて「元気」としかわたしが答えなくても、元気そうな表情をしているときでも、不安で泣き出しそうなわたしがいることをわかってくれたらとても嬉しいです。
友達ってほんとうにかけがえのない存在で、わたしのことを支えてくれて、友達のためなら命を投げ出すのさえ惜しくない、なんてつい思っちゃうんだけど、そういうのはたぶん間違ってるって思うわけ。だって友達に命を投げ出されたって嬉しいどころか途方に暮れちゃうでしょ？
だけどね、わたしが命を投げ出すことさえ受け止めてくれる人が欲しいなって思うこともあるわけ。おやじはともかく（その理由は述べられないけど）、ママや弟のためには命を投げ出してもいいって思ってたし、そういう「甘え」もきっとママや弟なら許してくれてたと思うのだよね。
でも、弟は結婚してから変わった。変わったっていうよりも、わたしとの間でのそういう関係を解消してしまったって感じかな。
そういう関係がなくなってしまったことはとんでもなく自由なことだけど、それがとんでもなく寂しいことだって気付いたわけ。
でもね、たとえばわたしが結婚して新しくそういう関係を築いたところで、今度は今現在わたしが謳歌してる自由に恋いこがれるんじゃないかって気がするのだよね。勝手だよね。っつーか、こういう間抜けというかおバカというか唾棄すべきというか、甘ったれた考えについ浸ってしまう今日この頃というわけ。すなわちバレンタイン・ブルー。
そのブルーのなせるワザというか夜中まで一人でお酒を飲んで――人と会うことが億劫なんじゃなくて、人と会うために連絡を取り合ったりすることが死ぬほど億劫なんだ。でも会いたいなと思う相手からわたしにコンタクトしてくるようなことは決して、決して、ない――それからチャットをして、疲れ切ってベッドにはいるんだけど、寒くて夜中に何度も何度も目を覚ましたり、眠りが浅くなるたびに見たくもない夢を見て、かえって疲れてしまって結局昼過ぎまで寝ているわけで、起きてみると食べるものがなんにもなくて外に買い物に出てみると雪がちらついていて、すっかり嫌になってしまう、下手をするとあの「鬱」の状態に落ち込んでしまう。まるで頭の中のスイッチが入るみたいに、「鬱」になってしまうのだ。突然世の中の色彩とか、穏やかさ見たいなものが消え去って、なにもかもがわたしを拒むのだ。そういう世界であなたは生きていけますか？
でもなんとか生きていくのは惰性。具体的に死ぬことを考えたことのある人はわかると思うけど、死ぬのはそれなりにたいへん。痛いとか苦しいとかいうのはもちろんあるけど、どうしたら周囲にいちばん迷惑が掛からないだろうとか、死んだ後わたしの残したものを処分するときに手間が掛からないようにするにはどうしたらいいとかそういうことを考えているうちに死ぬことさえめんどくさくなってしまう。というか、迷惑とかまわりの人を傷付けるんじゃないだろうかとか死体の身元確認をできるだけ不愉快でなくしてもらうにはどうしたらいいかみたいなことさえどうでもいいやと投げ出してしまったときに死ぬことができるんだろう。でもきっと死んでからどうしてああしなかったのかこうしなかったのかって後悔するんだろうけど。後悔することさえできないとしても。
とりあえず空腹をどうにかして、またもや雪のちらつく中に出掛けたのは、ちょっとしたイベントを見に行きたいがため。
電車に乗るとすぐにバッグから本を取りだして読み始める。そうしないとまた死ぬことばっかり考えたりして鬱陶しいから。あるいはどこに目を据えるかを考えるのがめんどうだから。向かいに座っている人の顔をまじまじと見つめていてもいいっていうならなんて楽だろうって思わない？すると相手もわたしのことをじっと見詰め返すかも知れない。そうして始まる恋があったっていいじゃない？わたしはイヤだけどさ。
カバンから出てきた本は戦後短篇小説再発見３さまざまな恋愛とかいうやつで、どうして死ぬことばっかり考えるようなわたしがこんなのを読まなきゃならないのよって思わないでもないけどカバンに入っていたのだから仕方がない。ほんとはこんなの読みたくもないんだけどさ、勧められたら読まないわけにいかないじゃん。相手によっては。
電車に乗ってしかも座れたときだけ読むことにしているからなかなか読み進まない。大庭みな子って人の短篇の途中から。この人のことはぜんぜん知らないんだけど、なんかすごい。こういうの書けたら楽しいだろうな。楽しいってのとは違うかもしれないけど、書けたらいいなって。他の男といちゃついていた女を地下室に閉じこめ、暖房を最高にして飲みに行くなんて素敵でしょ？
イベント会場の最寄り駅は比較的短い時間に徹底的に人工的に作られた街にあった。その街の中心の駅には子供の頃に行ったことがあるのだけど、そのときは駅のまわりにはなんにもなくて、赤茶けた地面が広がってたような気がする。
どんな状況だかちっとも覚えてないんだけど、ママはわたしの手を引いて駅の改札をでると駅のまわりをひとまわりして、ふたたび電車に乗ったのだった。
いったいあれは何だったんだろう。それを知ろうにも、ママのいない今となってはもうどうしようもない。
目の前に広がる街は、かつての体験を白日夢に押し遣ってしまうような眺めだった。でもわたしはその街が一目で気に入った。そこに住みたいと思った。明け方の夢のように儚くて苦しげで寒々と暖かい美しい街。その街の雑踏、というには通りが広すぎて人がばらけ過ぎている中を歩いていくのだけど、既視感を感じるようなことはない。今までにどこでも見たことのない街。
そういう街でわたしを引きつけて止まないイベントが開かれていたわけだけど、そのイベントというのはまあ要するにコンサートというかライブで、いくつかのアマチュアバンドが演奏する、というのはたぶん間違っていないけどイメージとは多少違うような気がする。ボーカルとギターとベースとドラムス、の編成で聞かせるロックンロール、というようなものではないからだ。ギターやベースを使っている人たちもいたけど。
部屋の中を飛び交っていた音というのは、ぷるるるるる、ぐげー、ぶつっ、ぴるるる、ぶーん、ぷぅ〜〜、ぷへー、がこっ、ぐぎょ〜〜ん、がらがららがらがらぐる、ぴゅるりら、ざー、しゃー、びゅーん、がんっ、がんっ、ぷちっ、さー、というようなものばかりで、普通の意味でのメロディやリズムはほとんど存在していなかった。でもメロディがないわけじゃない、音律の呪縛から自らを解放すれば聞き取れるかも知れないようなメロディが。でもそれはもはやメロディじゃないかもしれない。リズムも然り。４ビートとか１６ビートとか８分の１７拍子みたいなものじゃなくて、つまりわたしのこの文章を声に出して読んで貰えばわかることだけど、そこにだってリズムは存在する。ノれるかどうかは知らないけどさ。七五調だけがリズムじゃないってこと。
どうしてそういう音響に心惹かれるのかは謎だ。わたしにもよくわかんない。わたくしってこんなに前衛的なのよん、ってことじゃない。だって誰にもこんなこと言わないし。残念なことだけど、この手の音楽を楽しく語れる友人はいないのだ。だから仕方なく一人で聞きにいくんだけど。
まあそういう音楽だからお客さんも少なくて。というか純粋なお客さんって何人いたんだろう？なんかみんな顔見知りって感じで。そういう理由で居心地はあんまり良くなかったけど、音楽が始まってしまえば鳥肌が立ったり手に汗握ったり。イヤだから鳥肌が立つんじゃないからね。
このイベントについてこれ以上書くと面が割れてしまう恐れがあるので書かない。だってそんなにたくさんの人がいたわけじゃないし、三十半ばの女っていったらわたししかいなかったような気がする。ほかの女の子は――わたしから見れば文字通り女の子。みんな二十代でしょう、あれは。
そういえばアマチュアの私小説作家Ａさんは、女の人は見た目じゃ年齢がわからないって書いてたけど、普段女のどこを見てるんだろう？まあ確かに男でも女でも本当にどうしようもなく年齢不詳な人がいるのは事実だけどさ。
イベントが終わると外は暗くなっていて、でもまだ完全に真っ暗というわけでもなかった。西の空には夕焼けの名残が残っていて、とてもきれいだった。とても寒かったけど。来るときよりも多少人が疎らになった広い通りを歩いていくんだけど、駅に到着する電車の窓の明かりとか、周囲にそびえるビルの明かりとか、通りの両側の街灯とか、そういうのがものすごくきれい。やっぱりここに住みたいって、強烈に思う。でも今のわたしがその街に住んでもきっとなんにもいいことがないに違いないけど。
それから聴力に神経を集中すると、人の声だとか風の音だとかバイクの爆音だとか足音だとか自動ドアの音だとか電車の音だとか店から流れてくる音楽だとかそういうものが混じって美しい街の音を作っているのがわかる。そういった音が全部なくなってしまっても街の美しさは変わらないだろうけど、そういう音があるからもっともっと街が魅力的になっているんだろうと思う、なんてすっごくものすっごく感傷的になってみたりするんだけど、さっきまでのイベントの後ではそういうのもありかなって。ああいった音楽はものすごく薄っぺらで、裏がないような気がするのだけど、もちろん薄っぺらというのも裏がないというのも悪い意味じゃない。いわゆる感動というのは脳のツボみたいのを押されるかどうかってことだろうと思うんだけど、そういうツボを微妙に回避するのがああいう音楽なんじゃないかって。
でもきっとチョコレートほど万人受けしないとは思うけど。チョコレートは麻薬だし。例の男友達だけじゃなくジャンキーになる可能性は誰にでもあるし。でもだから素晴らしいのだけど、チョコレートは。
駅にたどり着くまでの道のりはたいしたことないんだけど、すっかり冷え込んでしまっていた。電車に乗り込んだら暖房ががんがんに効いていたりするんじゃないかって期待してたんだけど、人が少ないせいか寒かった。震えあがるほどじゃなかったけど、本のページをめくる指先が震えるくらいには。
最初の方にバレンタインデーにチョコレートをあげたい人はいないって書いたような気がするんだけど、気がするというのは読み返すのさえめんどくさいからで、でも実は好きな人はいます。その人にチョコレートをあげたらどうなるんだろう？ってことは百万回くらい考えた、っていったら嘘になるけど、千回くらいっていうのなら必ずしも誇張ではないかも。
思うことは、どうしてうまく行きそうもない恋を選んでいるかのように人を好きになるのかってこと。恋に失敗したときに言い訳ができるから？それともめんどくさい恋の方が燃え上がるから？どっちも違うような気がする。失敗すればどんな恋でも落ち込むのは変わらないし、めんどくさい恋はやっぱりめんどくさい。お手軽な方がいいに決まってる。どうしてお手軽な恋がわたしのところにやって来ないのだろう。お願いです神様、わたしのところにお手軽な恋をまわしてください。
たぶんわたしはその人にバレンタインのチョコレートをあげない。前に書いたように、あげたくないから。あげるのはめんどくさい。あげるとどうなるんだろう。あげるまえからうまく行かないことがわかっているならそんなに嬉しいことはない。でももし相手がわたしの恋を受け入れてしまったら？それはいったいわたしの人生に何をもたらすんだろう？わくわくしているみたいだけど――まあたしかにそういう部分もあるかもしれないけど――うんざりしてもいるのだ。なんていったらいいのか……そうそう、わたしは薄っぺらく裏のない人生を送りたいのだ。もちろん薄っぺらも裏がないも否定的な意味でつ使ってるんじゃない、それじゃあ薄っぺらや裏がないがかわいそうってものだ。
ほかに書きかけの小説があるというのに三連休の最後の日にこんなばかばかしい文章を書いているわたくしの人生というのもがあるなら、それは厚みを持ってしまっているし裏もある。そいえばこないだあなたの良いところは性格の良いところだって言われたけど、その人がこの文章を読んでも心変わりをしないでいてくれるだろうか？でもそのまえに、性格がいいっていうのは裏を返せば間抜けで迂闊だということで、ちっとも誉められているわけではない、わたしにそういった人がどんな意図を持っていようとも。あらまあこんなところで裏返ってしまいましたね。
明日は仕事。生きていれば働きに出るのだろう。帰りにおいしいチョコレートを買ってきて一人で食べよう。