「現実」は僕の目の前にあって、意外なほど乾いた音を立てている。思ったよりもずっと堅い手触り。ＴＶドラマのような残響感のあるイメージはそこにはなく、もっとあっけらかんとした、ただ認識されるだけの世界がひろがっている。すなわち、そこには如何なる価値も付与されない。
「私のこと避けてるでしょ」と言った彼女の横顔はいじらしかった。僕はそれを素直に美しいと思った。泣きだしそうな彼女の顔はなぜこうも魅力的なのか。
「そんなことないよ」と僕は言って彼女の長い髪の間から左肩に手を回し、抱き寄せた。
もはや僕は彼女の横顔を眺めることをやめていた。
彼女の柔らかな髪の感触、きゃしゃな肩の感じ。彼女の体温。
草の上に寝ころぶと、空がどこまでも高く澄んでいた。紺色というよりも菫色に近い空。僕はそこに木の実をひとつ力いっぱい放り投げた。晩秋の夕暮れ近い冷たい空気の中を、木の実は放物線を描いて遠くへ飛んでいった。
彼女は先ほどから校庭ほどの広さの、枯草の繁った空き地の中を、泣きながら木の実をばらまいて歩いていた。なんだかトトロみたいだ。もしかしたら彼女は木の精ではないだろうか？僕は起き上がって彼女の側へいった。
君の蒔いた木の実はいつかみんな芽を出して、大きな木になるだろう。そして君はこの何もない原っぱを緑の森に変えてしまうつもりなんだね。そのために君はここへ来たんだろう。
彼女は涙の跡のある顔を上げて僕を見つめ、うなずいた。
地平近くには雪をかぶった山々が恐ろしいほどはっきりと眼前に迫ってきた。暮れ色の空はますます高く澄んで来た。彼女の手をとって、もう帰ろうか。冷えてきたね。柔らかな手の温もりを感じながら、僕たちはその空き地を後にした。
玄関前の木にぶら下がっていると、雨が降ってきた。雨は老体にこたえるので木の枝を離れてブロック塀を飛び越えた。さらにフェンスをくぐって行くと、そこは学校のグランドで、高校生たちが野球の練習試合をしていた。低く飛んでいると、こちらにボールが飛んで来てぶつかりそうになる。そこで少し高く飛んで、曇天にそびえる高い高いエメラルドグリーンの球よけのフェンスを乗り越えた。
フェンスの向こう側はちょっとした林になっていて、フェンスよりも高い針葉樹とか、背は低いがよく繁った木などが疎らに、曇り空の下に淡い緑色の葉を見せていた。そこにはしばしば飛んで行って木の枝にかかっているのだが、どこで休もうかと木を物色しているうちに、××を助けなくてはならなくなった。そこで、玄関前に戻って玄関から出てきた人と対策を練った。
「チョコレート食べる？」
「うん」
一粒のチョコレートを口にいれて溶かしながら雨が小止みになった空を見上げると、西の方の屋根の上に少し明るい晴れた部分が見えてきた。その色は、橙色、もしくはバーミリオンに近い灰色だった。すると、門の前に赤い車が止まり、降りてきた人に、
「チョコレート食べる？」
「いただきます」
見上げると、夜空におぼろ月がかかっていた。
その目的地の村はここからかなり離れていたので、人に案内してもらうことにした。大した道路もないかわりに鉄道が通じていたので、それを使った。しかし、レールは泥に埋もれてその存在すら定かではなく、轍の跡のひどい、線路とも道路ともつかない道を地面すれすれに滑って行く。町中から薄の生い茂る野原を通ってその村にたどり着くと、山の中とは聞いていたが、ずいぶん開けた感じだ。建物もかなり多い。
そこからは歩いて砂利道を登って行く。その横には幅の広い谷が広がっていた。「この谷はＵ字谷といって氷河によってできたんだ」と彼女に説明した。道路の右側にはくっきりとした褶曲を示す露頭が現れていた。そのうちのひとつの層はつやつやしたセルリアンブルーで、さわると柔らかく、はみでた部分はたれ下がっていた。道に落ちているその青い岩石を拾うと、以外と軽くプラスチックのような感じだった。彼女はその岩石で彼氏のために自動車のボディーを作りたいと言った。そこで僕にその岩石の採集を頼んだ。
しかしそろそろ宿舎に帰らなければならなかったので、砂利道を引き返して竹林を通り、その露頭の見える宿舎の食堂でくつろいでいた。
友人のさちこが登山から帰ってきた。今日ここへ来たばかりだというのになんて元気があるのだろう。彼女の話すところによると、ずいぶん高い山らしかった。
夕暮れせまる池のほとり。あひると一緒に散歩。池に沿ってどこまでも歩いて行く。空はきれいなすみれ色・・・。
月の光が黒い海面に黄色い光を漂わせている。海面はゆらゆらと小さいくうねっている。そしていつもより高くこちらに迫ってくる。
岸の方を見ると、青い車体の夜行列車が海に迫った崖にへばりついている。窓から黄色い光がもれている。月光に光る波しぶきをさかんに浴びながら、海面すれすれの線路を遠ざかっていく。
突然、音もなくゆっくりと、黄色い光を点々と発する青い列車が先頭から黒い海の中へと呑込まれていった。海の中にまで線路が続いているかのように。
列車が消えてしまった後には黒い海がうねっている。そこに月の光が差している。
部屋に帰り、兄に台風が接近していることを告げた。まだ雨は降っていなかった。再び外に出て海の方を見ると、さっき歩いてきた辺りまでがすでに海水におおわれていた。黒い海に黄色い光が差す。部屋のあるところまでほんの数十ｍしかない。そこで、部屋に戻って避難の準備を始めた。パソコンはもって行こうかどうしようか。現在雨はあまり降っていないが雨具は必要だろうか、などを相談した。
出発しようとするとき忘れものに気が付いて戻った。再び外に出ると、あたりは明るかった。
川に近い草原を駆けて行く。コンクリートの白い護岸の上からも走っているのが見える。大声を上げながら誰かを追いかけて行く。
草原から抜け出して道路の上に立つと、一人の空色のワンピースを着た少女が私を招待することを告げた。私は小さな川に沿った舗道を歩いて行く。道の両側には夏草が繁っていた。日は傾きかけている。
その家は川沿いにあった。舗道に面した車庫から入っていき、招待してくれた人たちに挨拶をした。そこでみんな一緒に列車に乗った。住宅街や森を後にしてトンネルに入ると、窓の外は真っ暗だったが車内は薄緑色だった。列車の最前部に行くと、ひとつだけ個室があった。両親と二人の子供がそこにいたが、明かに私とは敵対関係にあった。車内の後部を見るとかなり狭い車内に、両側一列づつの座席が並んでいた。
帰り道は、宅地造成地あるいは新興住宅地の中を通る比較的太い一本道であった。駅前にたどり着くと、電車はまだ来ていなかった。終点なのでやってきた電車がそこで折り返すわけである。
暇つぶしに駅前の薄暗い店をのぞいてみると、ねぎ・竹の子・納豆などを売っていた。うちへ持って帰って食べられそうなものを物色することにして、店のおばさんに声をかけられないようにすばやく品物を見てまわる。いまひとつ品薄で、鮮度もあまり良くなかった。竹の子を買おうと思ったが、これもいまひとつ傷んでいた。もう少しましなのはないの？と聞いてみると、あの子に聞いてみな、と言われた。示されたのは、木の下の水道で野菜を洗っている若い女であった。
今の時節は何を買うのがいい？などとその女と野菜やなんかの話を話をしているうちに、私たちはいつの間にか意気投合していた。一緒に野菜を洗ったりしているうちに、出会うべくして出会ったのだと言うことを互いに悟った。
私が先ほど野菜のことを尋ねた男が、私たちが睦まじく話をしているところにやってきていろいろと邪魔を始めた。私たちは手に手をとって線路づたいに逃げていく・・・。
体育の時間が近付いてきたので着替えをしなければならなかった。
着替えるとき、すぐ近くの席の内田がレコードを持っているのに気が付いた。僕の好きな○○レーベルのレコードのような気がしたので、「それは何のレコード？」と聞いてみた。しかし彼の答えるところによると、僕のよく知らない昔の有名なロックバンドで、２枚組だか３枚組だかのものだった。
僕は着替えが遅いので、ほとんど最後になってしまった。二、三人の級友たちも一緒に教室を出たが、僕が最後になるだろうことはわかっていた。彼らは４階分の階段を一気に駆け降りていったが、僕は階段の左横にあるはずのエレベーターを使おうとした。階段の踊り場を行き過ぎてエレベーターに乗ろうとすると、そこは倉庫だった。急いで引き返し、階段の右側に古色蒼然としたエレベーターのドアを見つけた。下りのボタンを押すとすぐにやってきた。それは病院のエレベーターなので、看護婦がキャスターのついたベッドに遺体を載せて乗っているかも知れなかった。だから乗ってすぐに壁の下の方を見つめた。
少しの間気を失っていたようだ。表示を見ると、ちょうど３階に着こうとするところだった。ドアが開いて、外の光が差し込んで来た。隣に遺体が乗っていることがわかっていたので、決してそちらの方は見なかった。１階につくと、すぐにグランドに走り出た。
案の定、みんなすでに整列していた。トラックには他のクラスの生徒たちが走っていたので、先生が「邪魔をしないように早く通れ」と注意した。今日は何をやるのかよくわからなかった。
まわりの女の子たちは赤いジャージを着ていた。先生は二人一組になることを指示した。僕はある女の子とペアを組みたかったのだが、気の強いＫに指名されてしまった。
木漏れ日の校庭の片隅で、彼女とリレーのバトンの受渡しの練習をした。まず最初に僕が彼女に１０回ほど「パス」と言いながらバトンを渡し、次に彼女が僕にバトンを渡す練習をした。
恋は困難だ。しかし愛はもっと困難だろう。水難とどちらがましか。
少しはアソビたいよ。放浪したりしてね。
手をつないで散歩したりするのも楽しいかも。少し暑いかなあ。普通の夏らしいといいな。雲を見たり。
なんというかうっとおしい。
現在の自分を時間ｔで微分したものだとすると、ｔで０から死ぬまでを積分すると一生が終わるのか。少し悲しい。
現実はたいして意味を持たない。
不安がなつかしい。
雨の日のアンニュイ。