ある薄曇りの午後、プラットホームに佇み、線路を見下ろした。するとぴかぴか光るレールの表面に傷が付いているのが見えた。
その傷に無性に触ってみたくなった。
その傷までの距離はわずかに３メートル、いや、２メートル。ホームを飛び降りてその傷を撫でてみるのはたやすいことだ。
レールは冷たいのだろうか。それとも暖かいのだろうか。よく磨かれたレールの手触りはすべすべしているのだろうか。それともぬめぬめしているのだろうか。すべすべあるいはぬめぬめした滑らかなレールの表面に刻印されたその傷は、爪が引っ掛かるほどに深いのだろうか。
その感触を想像すると、指先がうずく。
間もなく目の前を電車の先頭の部分が通過していった。もし線路しゃがみこんであの傷を撫でているときに電車の先頭の部分がやってきたら、いったいどの部品がぼくの頭蓋骨を打ち砕くだろうか。あの無骨な連結器だろうか？それとも優しげなヘッドライトだろうか（もしヘッドライトがぼくの頭蓋骨を打ち砕くなら、ヘッドライトもぼくの頭蓋骨によって打ち砕かれてしまうことだろう）。
それとも冷酷で優しい電車はぼくのからだを組み敷いてしまうだろうか。その秘めた車軸で、秘めた抵抗器で。
打ち砕かれる頭蓋骨は従順だろうか。それとも往生際の悪さを見せ付けるだろうか。
線路にしゃがんだぼくのからだの一ミリメートル手前まで電車が接近したとき、恐いと感じるだろうか。それともすべてをあきらめるだろうか。
ぼくは冷酷で優しい電車に乗り込む。次の次の駅で降りるのだ。