わたしはカナリア色の電車を待っていた。空は黒々として、星ひとつ出ていない。ホームの屋根と向かいのビルの僅かな隙間から、それも網の目のように張り巡らされた電線を通して、空は見えていた。ホームは人でごったがえてしているというほどでもなかったし、かといって閑散としているというほどでもなかった。
突然黒々とした夜空をバックにして、赤くて大きな何かが過った。それはサーチライトのようなもので照らし出されていた。
「レッドキングだ」
私の前に並んでいた小学生がぽつりと言った。わたしもそうだと思った。どしん、どしん、という地響きがあたりにこだましていた。レッドキングは左の方から来て、右の方へと去っていった。そしてそのあとから三つ首の龍が現れた。小学生は「キングギドラ」と言った。通りすがりの中年のサラリーマンが「あ、本当だ」と言った。
ぽん、と肩を叩いたのはミツル。
「やあ、しばらく」
キングギドラはわたし達にはお構いなしに左から右へと歩いていく。どしんどしん。カナリア色の電車は一向にやって来ない。ミツルは馴れ馴れしく私の肩に手をまわす。わたしは思いっきりその手の甲をつねる。
「ガラモンだ」
小学生が言った。
「あ、本当だ」とミツル。
ガラモンが通り過ぎるとカナリア色の電車がやってきた。電車は座席がちょうど埋まるくらいで、この時間にしては空いていた。
ミニチュアシティーは今日もいつもとおんなじ。こないだ踏み潰した家は、元どおりになっていた。今日は弓なりに曲がった浜辺でピクニック。カネゴンは財布を落してしゅんとしていた。
「今頃、ぼくが落した財布の下敷きになって誰かが死んでるかもしれない」
「まあ、気を落すなって。そのうち、いいこともあるさ。ほら、今日は電蓄持ってきちゃった」
「あ、おいしそう！」スカイドンが言った。
「駄目だよ、あとでフォークダンスするんだから」
ぼくたちは家を潰さないように注意して海岸に出た。空は薄曇り。なかなか気分がいい。
「セブンも誘ってやればよかったかな」
「いや、ぼくはとうぶんやつとは口も利きたくないね。あいつ最近アイスラッガー投げたがってしょうがないんだ。こないだなんか『通天閣を一周させて見せるよ』なんていいながら、結局途中でへし折っちゃってさ。そりゃ、ぼくだって昔は大坂城をぶっ壊したことがあるけどさあ、もう、そういう時代じゃないんだよね」
ゴモラはそういうと、ちょっとだけ悲しそうな顔をした。
ぼくたちはみんな頷いた。そう、もうそういう時代じゃないんだ。
レッドキングが手に提げてきたバスケットを開けると、みんなが「おお」というため息を漏らした。
「きみは主夫になるといいのにね」とキングギドラ１がいった。
「ぼくもそう思うね」とキングギドラ２がいった。
「きみほど外見と内面が一致していないひともめずらしいと思うよ」とキングギドラ３がいった。
レッドキングは頬を赤らめた。
ぼくたちは小春日和の午後をゆっくりと楽しんだ。それから、電蓄でオクラホマミキサーをかけて手をつないで踊った。いちどだけガラモンがよろけて家を一件踏み潰したけど、きっと許してくれると思う。
ぼくたちは、ミニチュアシティーが、大好きだ。
海沿いの町はとても静かだった。ホームから海は見えないけど、低い家並みの上には空が広がっていて、その家並みの向こうには海の気配があった。それは潮のかおりとか、湿り気を帯びた風、というようなものではない。家並みの向こうにはもはや陸が広がっていない、という気配なのだ。
空には薄雲が出ていたけど、そのぶん真っ青な空が広がっているときのような寂しさはなかった。
まもなくホームに列車が入ってきた。するとホームの階段からうようよと人が出てきて、あっという間にホームは人であふれてしまった。列車のいない側からは線路に落ちた人もいたみたいだ。
わたしは結局列車に乗り損ねた。どうやら半分くらいの人達が乗り損ねたようだ。わたしたちは線路に沿って歩きはじめた。そのまま列車を待っていても埒が開かないように思えたのだ。
わたしは踏切りを渡って南に向かうことにした。ミニチュアシティーのつくりからしても、ずっと南に進めば必ず多摩川にぶつかるはずだったからだ。
踏切りを渡ろうとすると、ミツルがついてきた。
「きみひとりじゃなんだか心配だ。ぼくも一緒に行こう」
それから、すごく小さいおじいさんも一緒に来ることになった。他の人達はシンジュクへ向かって歩いていった。
その道は古くからの住宅地をまっすぐ南北に貫いていて、迷う心配はなかった。１１月だというのに、歩いているとからだが汗ばんでくる。ときどき道の片側が雑木林になっていて、そこに柿の木が真っ赤な実を付けていて、それをカラスがついばんでいたりした。
多摩川に出るはずだと思っていたのに、なぜか線路にぶつかってしまった。単線で、赤錆びた線路がずっと先まで続いている。すごく小さいおじいさんは踏みきりを越えるとまっすぐ歩いていってしまった。わたしとミツルは踏切りの前で立ちすくんでしまった。なにしろ、その踏切りには遮断機も警報機もなかったのだ。
すると、五十メートルくらい先のところで、白い自動車が線路の上に突然姿を表した。そして、ものすごいスピードでわたしたちの前を通り過ぎるとシンジュクの方へ走り去った。
わたしたちは顔を見合わせると、自動車が出現した場所へと線路の上を歩いていった。すると、その場所には便器があった。洋式のではなくて、和式の白い便器。もし用を足すとしたら、レールとレールのあいだに西向きにしゃがみこむことになるだろう。
「あ、富士山が見える」
ミツルが指差す方を見ると、雑木林と雑木林のあいだから、確かに富士山が見えた。
「風流ね」とわたしは答えた。便器は水洗式ではなかった。ぽかりと開いた穴からは深淵が覗いていた。
列車がやってくる気配はなかった。ミツルはレールの上に腰掛けるとタバコを吸いはじめた。わたしは線路の敷かれている土手から下りて、畑の向こうに見える農家に向かった。トイレに行きたくなったのだ。
農家の門の前まで来たとき、突然わたしの前に女の子が立ちふさがった。その子は１１月だというのに、ずいぶん寒そうな格好をしていた。実際、おヘソのまわりには鳥肌が立っていた。
「しっ！」
わたしは一言もしゃべっていないのに、そのひとは口の前に人差し指を立ててそういった。
「私はあなたの味方。さっき、線路の上のトイレに入ったでしょ？私、あの穴の中からあなたたちのことを伺っていたの。さあ、これからいうことをよく聞いて。あなたと一緒にいた男の子に注意しなさい。あの人は危険人物よ。さあ、すぐにお逃げなさい。この家の人に助けを求めなさい。そうすればあなたを安全な場所に逃がしてくれる」
それだけいうと線路の方へ走っていって、便器のところで姿を消した。その場所にミツルの姿はみえなかった。
わたしは便器から出てきたという女の子とミツルのどちらを信じたらいいのかわからなくて、しばらくその場に立ち尽くしていた。