わたしの前にはあの人がいて、
紅茶が、
あの人とわたしのカップに注がれる。
ひと口飲むと、
「おいしい」。
信じられないくらい幸せな気分になって、
思わず顔がほころぶ。
そういうのは少し気恥ずかしいけど、
悪くないと最近は思う。
友達は紅茶をひと口飲むと黙ってしまった。
気分が悪い、
と友達は言った。
友達の気分が悪いとわたしは心配だ。
でも同時にむかつく。
だからふたりして押し黙る。
ある日新しい紅茶を買ってきて飲んだ。
二杯も飲む頃にはすっかり気分が悪くなっていた。
たぶん濃く入りすぎたのだろう。
そういうことはときどきある。
酔っぱらって帰ってきたら、
部屋の中はめちゃくちゃだった。
ほかでもないこのわたしが散らかしたのだった。
かんしゃくを起こして、
本棚の本をその辺にまき散らして、
蹴飛ばして、
踏みつけにして、
そこへ電話が掛かってきた。
「飲みに行かない？」
そうしてわたしは飲みに行って、
友達の好意を蹴飛ばして、
踏みつけにして、
気が付いたら電車に乗っていた。
夜の電車はやさしい。
そして帰ってきてみたら家の中はめちゃくちゃ。
そしてひとしきり泣いた。
そういうのは少し気恥ずかしいけど、
悪くないと最近は思う。
それからお湯を沸かし、
ティーバッグで紅茶を入れた。
お酒を飲んだ後で飲む、
紅茶はとてもおいしい。
真夜中に飲む紅茶は、
とてもやさしい。
真夜中に紅茶を入れてくれる人はとてもやさしい。
ずっと前に終電を逃したわたしを部屋に泊めてくれて、
その人は紅茶を入れてくれた。
その頃のわたしは、
今よりももっと傲慢で、
その人の入れてくれた紅茶がティーバッグだったのが不満だった。
でもひと口飲んでわたしの考えは変わってしまった。
お酒を飲んだ後で飲む紅茶はとてもおいしくて、
それがティーバッグかどうかなんてどうでもいいことだった。
そして真夜中に飲む紅茶はとてもやさしい。
その人はＣＤを掛けてくれた。
シェーンベルクの「浄夜」。
それからとつとつと話をしているうちに眠ってしまった。
わたし、
そしてたぶんその人も。
翌朝その人は再び紅茶を入れてくれた。
それから冷蔵庫に入っていた一枚の食パンを半分に切って、
トーストして、
ふたりで食べた。
今思えばわたしはあのときその人に恋したのだろう。
いまさら気付いても遅すぎるけど。
わたしの前にはあの人がいて、
緑茶が、
あの人とわたしの茶碗に注がれる。
ひと口飲むと、
「おいしい」。
信じられないくらい幸せな気分になって、
思わず顔がほころぶ。
そういうのは少し気恥ずかしいけど、
悪くないと最近は思う。
友達は緑茶をひと口飲むと黙ってしまった。
気分が悪い、
と友達は言った。
友達の気分が悪いとわたしは心配だ。
でも同時にむかつく。
だからふたりして押し黙る。
ある日新しい緑茶を買ってきて飲んだ。
二杯も飲む頃にはすっかり気分が悪くなっていた。
たぶん濃く入りすぎたのだろう。
そういうことはときどきある。
酔っぱらって帰ってきたら、
部屋の中はめちゃくちゃだった。
ほかでもないこのわたしが散らかしたのだった。
かんしゃくを起こして、
本棚の本をその辺にまき散らして、
蹴飛ばして、
踏みつけにして、
そこへ電話が掛かってきた。
「飲みに行かない？」
そうしてわたしは飲みに行って、
友達の好意を蹴飛ばして、
踏みつけにして、
気が付いたら電車に乗っていた。
夜の電車はやさしい。
そして帰ってきてみたら家の中はめちゃくちゃ。
そしてひとしきり泣いた。
そういうのは少し気恥ずかしいけど、
悪くないと最近は思う。
それからお湯を沸かし、
ティーバッグで緑茶を入れた。
お酒を飲んだ後で飲む、
緑茶はとてもおいしい。
真夜中に飲む緑茶は、
とてもやさしい。
真夜中に緑茶を入れてくれる人はとてもやさしい。
ずっと前に終電を逃したわたしを部屋に泊めてくれて、
その人は緑茶を入れてくれた。
その頃のわたしは、
今よりももっと傲慢で、
その人の入れてくれた緑茶がティーバッグだったのが不満だった。
でもひと口飲んでわたしの考えは変わってしまった。
お酒を飲んだ後で飲む緑茶はとてもおいしくて、
それがティーバッグかどうかなんてどうでもいいことだった。
そして真夜中に飲む緑茶はとてもやさしい。
その人はＣＤを掛けてくれた。
シェーンベルクの「浄夜」。
それからとつとつと話をしているうちに眠ってしまった。
わたし、
そしてたぶんその人も。
翌朝その人は再び緑茶を入れてくれた。
それから冷蔵庫に入っていたごはんを半分にして、
チンして、
おにぎりにして、
ふたりで食べた。
今思えばわたしはあのときその人に恋したのだろう。
いまさら気付いても遅すぎるけど。