頭痛。
寝冷えしたのか、それとも昨日のぐちゃぐちゃのせいか、とにかく朝から頭痛。
風邪薬を手のひらに二錠だけ出す。白くて偏平で、鈍く輝く錠剤。ベッドに戻り、頭まで羽蒲団を被ってから口に含んで舌で舐めまわす。唾液で溶ける糖衣の甘さがたまらない。エクスタシーに達する前に飲み込む。
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風邪薬の定量は、十六歳の私の場合、三錠。クスリの瓶には「注意と用法を守って正しく服用しましょう」なんて書いてあるけど余計なお世話だ。もちろん飲み過ぎて死んだとしても、製薬会社を訴えたりはしない。両親がそういうことをするかもしれないけど、それは私の知ったことではない。
二錠の風邪薬は頭痛によく効く。ただし私の場合であって、他の人がどうなのかは知らない。
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私はクスリが大好きだ。
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昨日は駄目な一日だった。
まず、睡眠の品質が最低だった。夕べの睡眠は、
（悪夢）＋（寝汗）＋（覚醒）＋（ときどき叫ぶ）
のような式で表すことができる。かもしれない。こういうのは珍しくはない。
次に、朝から脳貧血。起き上がると世界が回転しはじめて、ああこれが天動説って奴だなと妙に感心して、すぐにベッドに倒れ込むしかなかった。
こういう症状が本当に脳貧血なのかどうかはしらない。ただ、医者ではない誰かが「それは脳貧血ですね」と言ったので、そうだと思うことにしたのだ。
なすすべもなくベッドに横たわっていると、母親が部屋に入ってきた。
「なにやってんの？遅刻するわよ」
カーテンを開けると外はどんより。雨だってことは音でわかってたけど。
「脳貧血」
「あら。そういえば顔色よくないね。学校どうする？」
「直ったら行く」
「そう」
家族のほかのメンバーが出掛けていく音がする。母親はリビングでテレビを見ているのか、話し声みたいなくぐもった響きが伝わってくる。
そしていつの間にか眠ってしまった。
目が覚めたら夕方だったので、自動的に学校は休みということになった。みんな低気圧のせいだ。
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私は低気圧が嫌いだ。奴が近づいてい来ると駄目になる。犬も低気圧がやってくると駄目になるらしい。いつか犬と一緒に暮らして、低気圧のやってくる日には一緒にベッドルームで澱みたい。
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目が覚めてから本を読んだ。鈍感な女の書いた鈍感な小説で、すっかり悲しくなってしまった。
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私は繊細だ。友達がそういうのだから、そうなのだ。
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それから私は友人のひとりであるところのヨーコに電話した。ヨーコは私のことを繊細だとは思っていない。はっきりと「オマエは鈍感で無神経だ」と言っていた。私はその意見に賛成することに吝かではない。
＊
「今日学校どうだった？」
「別に。たぶんいつもと同じ。午後はかったるくて帰ってきちゃったから知らない」
「そう。あした暇？」
「暇だといえば暇だ」
「遊びに来ない？」
「罠か？」
「まあね」
「何時にどこ？」
「午前十一時に○○駅改札を出たところ」
「ＯＫ。じゃあね」
「おやすみ」
＊
十時にベッドから抜け出る。頭痛はひどくなってもいなかったけど改善しているようにも思えなかった。クスリへの片思いか？
それからシャワーを浴びてパンを食べたら十一時二十分になっていた。のんびりと駅に向かう。
改札前で背が高くてパンツが見えそうなほど短いスカートをはいた女が煙草を吸っていた。ヨーコだ。
足元には吸い殻が産卵していた。でなけりゃあんなに増殖したりはしないだろう。
「遅いっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」
ヨーコが怒鳴った。
「まあね」
「きみは未成年のくせにまだ喫煙しているのか？」
「ジャンキーのオマエに言われたかないな。煙草のほうが健康的だ。それに、二十歳になったら煙草はやめるしな」
だが、私達は揃いも揃って酒が嫌いなのだ。
「遅くなった理由を言ってみろ」
「朝起きたら頭が痛くて薬を飲んだら眠ってしまって目が覚めたら十時でそれからシャワーを浴びてパンを食べたらこんな時間になった」
「まったく、オマエって奴は・・・」
ヨーコは私のことが好きなので、それ以上何もいえないのだった。
＊
よい天気だった。だが私の知っているある鴨は、きっとそうは思わないだろう。奴は、みぞれの降っている日にガアガアいいながら喜んで泳ぎまわるのだ。
私達は食料を調達するために近所のスーパーに寄った。ガキが「だんごさんきょうだい」なんて歌いながらみたらしだんごを手に取っている。私も「だんごさんきょうだい」なんて歌いながらだんごを手に取った。するとガキが「(ﾟoﾟ;)」なんて顔をして私を見上げて、それから「ママ〜〜〜〜〜」と泣きながら走り去った。
「オマエ、ガキいじめんなよ」
「いじめてないよ、別に」
いったいどうして私があのガキをいじめたことになるというのだろうか。私はみたらしだんごをカゴの中にいれた。
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今日はおやじ以外全員出払っていたので家の中は静かだった。おやじはいてもいなくても変わらないくらい静かだ。休日は一日中布団の中で静かに目を閉じている。昼の間は時折トイレに起きてくるくらいのもので、食事さえ取らない。
ヨーコは私の部屋に入るとすぐに本棚の前に立った。初めてヨーコがこの部屋にやってきたときからずっとそうなのだ。二つあるスチールの書棚はすでに隙間のないほど本が押し込まれていたが、最近とうとうあふれ出してしまって足元に本の堆積ができはじめていた。
今日のヨーコは『資本論』の一冊目を取り出すと、ベッドに寝そべって読みはじめた。『資本論』はただ並べてあるだけのアクセサリーなので、私は開いてみたこともなかった。
私はベッドに寝そべって本を読んでいるヨーコをデジタルカメラで撮影した。それからパソコンの電源を入れ、画像をパソコンに読み込んだ。
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私はホームページを持っている。タイトルは「ヨーコの部屋」。写真のモデルはすべてヨーコだ。中身はヨーコ本人とはあまり関係がない。ほとんど私の趣味で作られている。
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私は容姿端麗だ。ヨーコも私よりやや劣るが、美しいことに変わりはない。クラスでも一番と二番を独走する程度に私達は美人だ。
ときどき裸になって姿見に全身を映してみるのだが、すなおにきれいだと思う。
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私はクラスの女の子達からとても人気がある（クラス全員が女の子ではあるが）。小学校や中学校では嫌われものだったから不思議な気がする。
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ヨーコは一時間に一度くらいベランダへ出て煙草を吸った。私の部屋は禁煙なのだった。
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htmlタグを埋め込んでいると、ヨーコが後ろから抱きついてきた。
「お昼にしよう」
私達はスーパーで買ってきた缶コーヒーを飲みながらパンを食べた。
「このクリームパンは美味しいね！」
そういうヨーコはなんだか可愛い。
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兄貴は今日も外出している。彼女とデートなのだ。兄貴は獣じみて醜いのだが、なぜか女の子にもてる。私はああいうのが好きだというのがよくわからないのだが、ヨーコはわからないでもないと言っていた。でもヨーコは女の子が好きなのだ。
兄貴の彼女は一度も見たことがない。写真さえ見せてくれない。私に「ブス」なんて言わせたくないのだろう。
兄貴は彼女と（たぶん）セックスして帰ってきた日でも、夜中にオナニーをする。隣の部屋だからよくきこえるのだ。
男がみんなあんなのなら、あんまり私向けではないような気がする。
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そういえば兄貴はこないだ玄関にコンドームを忘れていって、それを見つけた母親が仰天していた。私はそれをそっと兄貴の机の上に返しておいた。親切な妹だと思う。
今日はコンドームをちゃんともっていっただろうか？少し心配だ。
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「そろそろ帰る」
ヨーコは立ち上がるとそう言った。
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駅へ行く途中に公園がある。暗くなってからだと痴漢や通り魔のような魑魅魍魎が跳梁跋扈していそうなところなのだが、まだ明るいので平気だった。そのかわり、男と女、男と男、女と女、の二人連れがぞろぞろそぞろ歩いているのだった。
ヨーコはすっかり葉の落ちたプラタナスの木の下まで来ると、私のことを抱きすくめた。それから私の唇に自分の唇を重ねた。そして舌で唇をこじ開け、唇を裏側から舐めまわした。
私はされるがままにしていた。
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私はヨーコが私のことを好きなようにはヨーコのことを好きではなかった。
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初めてヨーコにキスされたのもこの場所で、それ以来ここを通るたびに抱きすくめられてキスをされる習慣になっていた。いちばん最初はそっと唇を重ねられただけだったが、それだけで脚ががくがくした。
そのうちもっと別なことをされるのだろうと思う。じっさい、周囲の男と女、男と男、女と女はいろいろな発展段階を示しているかのようにいろいろなことをしていた。
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ヨーコのキスは煙草くさい。
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ヨーコは公園の中ではひとこともしゃべらない。
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ヨーコが来ているあいだおさまっていた頭痛は、夜になって復活した。元気そうだ。おかげで私は不元気だ。昼の間ヨーコが寝そべっていたベッドに潜り込むと、ヨーコくさくてまいった。消臭スプレーを部屋じゅうに撒く。このことをヨーコが知ったら傷つくだろう。ヨーコはほんとうは私よりもずっと繊細なのだ。だから私が繊細であることを認めないのだ。
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私は錠剤を六錠手に取ると、口の中に入れて舐めまわした。そしてエクスタシーに達した。
明日の朝が無事やってきますように。