わたしの暮らしぶりを知りたいとおっしゃるのですね？いいでしょう、お話ししましょう。でも、いまあなたがご覧になっている以上にあなたの興味を惹きそうなことをお話できるとも思えないのですが、それでもよろしいですか？
では、お話ししましょう。
朝、目が覚めるとすぐに、私は十二単を着ます。もちろん一人で着ることはできませんから、先程あなたがお会いになった、あの女の人に手伝ってもらいます。それから一日中、ここでこうしているのです。
先日訪ねてきたある人は、わたしのことを「『とりかえばや物語』の男君のようだ」といいました。わたしはその後『とりかえばや物語』を読んで、その通りだと思いました。
でも、わたしがここでこうしているのは好きでこうしている、というよりも、ほかにどうしたらいいのかわからないからなのです。
わたしはいまの生活をはじめてから、屋敷の外に一歩も出たことがありません。裏手の座敷からは築地が見えますが、その向こうがどうなっているのか、もう、何年も見ていませんし、また、見てみたいとも思いません。
テレビ？もちろんありますとも。電話も、ファックスも。インターネットで電子メールをやり取りすることだってできます。
ただ、使わないだけのことです。
庭ですか？このほうが、落ち着くんです。それに、この屋敷はあの女の人がひとりで切り盛りしているので、少しでも仕事が少なくなるほうがいいのです。露草はお嫌いですか？ああ、よかった。露草は、この世で二番目に好きな花なのです。
食事は、あの女の人が作ってくれます。身の回りのことは、みんなあの人がやってくれます。お風呂も沸かしてくれますし、布団も敷いてくれます。
そうですね、一年のうちで、いまの季節がいちばん好きですね。なにしろ、一日中紫陽花を眺めていられますから。紫陽花はこの世でいちばん好きな花なんです。
去年のある日、紫陽花の葉と花を子の部屋じゅうに撒き散らしてもらって、一日中、その中に臥していました。今年も同じことをしようかと思っています。
もしよろしければ、あなたもいらっしゃいませんか？
ああ、よかった！ありがとうございます！梅雨の一日を、あなたといっしょに紫陽花の中で過ごせるなんて、夢のようです。
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わたしのことを「『とりかえばや物語』の男君のようだ」といった人は、わたしのことを「一途だ」といいました。自分ではよくわかりませんが、あるいはそうなのかもしれません。
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どうか、わたしのこころが紫陽花のように移ろいやすい、なんておっしゃらないでください。わたしの想いはずっとずっと変わらないことを誓います。
だから･･････。